11月の読書日記

mteraが11月に読んだ本。

『過ぎ行く風はみどり色』 倉知淳 創元クライムクラブ
くそーまたやられた。手の札はたくさん提示してあって、それに違和感を感じさえして
いたのに騙された。爽快だわ。おまけにこの大団円はどうよ。お金持ちだからって遺産
狙いで殺伐としてなんかいない、どこにでもありそうな家族風景。そこに差した殺人の
重い影や痛みさえも過ちと愛情の名の下に治療してしまう感じ。キレイにまとまって、
切なくも憧憬を覚えるほどだ。(11/01)
「上を見てりゃ、面白いことなんかいくらでも降ってくるんだからさ」

『幻獣遁走曲−猫丸先輩のアルバイト探偵ノート−』 倉知淳 創元クライムクラブ
アルバイトしながらちょこっとした謎に首突っ込んで謎の紐解く猫丸先輩。こっちにま
で楽天がうつっちゃいそう。可愛らしい結末が多い。大仰なのが好きな人は物足りない
だろうが、私はこっち向き。文章までが素知らぬ顔で人を食っている。幻獣のオチとか
にやにや。あっさりした解説の、重苦しさから笑って遁走する猫丸先輩、ってイメージ
は大正解って感じ。見る目ないぜ夏樹ちゃん。(11/02)
「捕まるか捕まらないか、やってみなくちゃ判らないだろうに」

『完訳水滸伝1』 吉川幸次郎・清水茂訳 岩波文庫
10巻もあるうちの1巻なので、まだ誰が108人に連なるのか掴めない。今のところ
狼藉働く無頼漢が逃げる途中でさらに無体を働いているというと身も蓋もないが事実。
途中何のひっかかりもなくグロい仕打ちが出てくるところと、ただの町娘でさえ絶世の
美女に仕立てあげる唄の表現が混在しているのが中華らしい。最後に梁山泊と水滸の字
が出てきたときにはやっとタイトルロールって感じで拍手した。(11/03)
本<もと>は災いを祓わんが為なるに却って災いを惹<まね>きぬ

『星降り山荘の殺人』 倉知淳 講談社文庫
「騙される」という評を多く目にしていたので、巧みなごまかしがいっぱいあるんだろ
う、騙されないぞ、と思っていたのに、騙された。しかもなぜ口々に皆そういうのか、
よくわかった。騙された箇所が1点に特定できるのだ。トリックや犯人ごときじゃ、い
くら工夫を凝らしても驚かない新本格の読者が苦笑するような仕掛け。倉知氏の得意技
さりげない叙述トリックが炸裂の1本。(11/04)
「実現できなかった他人の夢なんて初めっからなかったのと同じだから」

『占い師はお昼寝中』 倉知淳 創元クライムクラブ
叙述トリックなしの、正攻法。といっても、占い師が解くので、正調論理より頭を使っ
た勘とでも呼びたいような、そんな解決。推測のプロセスより推測した人間模様の方に
重点がある。他愛のないじいちゃん二人の相談が微笑ましい。美衣子は元気溌剌で、ま
ったくこっちが気恥ずかしくなるぐらい単純だねえ、と苦笑して悪態つきたくなるほど
倉知氏性善説の体現キャラではないだろうか。(11/05)
「見えすぎるからこそ、辛いことだってあるんだよ」

『電脳遊戯の少年少女たち』 西村清和 講談社現代新書
ソフトな切り口の割に言い回しがややこしい。ホラーやゲームのマニアや電子メディア
に対する論はいろいろ読んだので特に目新しいとも思わなかったけど、鬼ごっこと電子
ゲームの類似性はおもしろい。消費が遊びの延長であるというのが最も興味深く説得力
のある解析だ。目的を規定されることが遊びであるという見方に妙に心を騒がされる。
少年少女と限定された感じはない。(11/06)
消費という仕組まれた、脅迫的なゲームの胴元、それこそは、(略)マス・メディアだろうか。

『ハサミ男』 殊能将之 講談社ノベルス
確かにミステリとしてひっかかったし面白い。だけどそれ以上に、執拗に自殺を繰り返
す「わたし」の心境に絡め取られてしまった。理由は書かれない、衝動としかいいよう
のない感情が、いつのまにか自分のモノになる。おそらく「わたし」に似ている人間は
多いだろう。私自身を含めて。その同化こそがスリルであり、同化が破られた後の表層
までのいっそうの同化に、戦慄する自分を見つける。(11/07)
誰もが本当のきみを知りたがっているようだった。

『グレート・ジンバブウェ』 吉國恒雄 講談社現代新書
東南アフリカの歴史世界。著者が目指したとおり、教科書に近い印象だ。概説から入り
周辺との関係、大きな流れを理解させる。歴史に侵略した植民地主義を分析、アフリカ
の真の姿を解説してくれるので、勉強になる。丸が基調のレゴブロックのような建築様
式というのは独特で未来的に感じた。誤解を正すために是非一読。ただし、純粋に学問
的なのであまり現地の生活や民俗は感じられないのが私は残念。(11/08)
インパクトを受けたのは、むしろポルトガル入植者の方であったと言うべきかもしれない。

『脂肪の塊・テリエ館』 モーパッサン 新潮文庫
わかりやすいな。娼婦のスイフより他の連中の方がよっぽど脂肪の塊である、と読み取
れる。テリエ館の娼婦の方も自分の喜怒哀楽に純粋で、聖体拝受の涙も奔放な嬌態もす
べて真実で、作品に彼女らに対する皮肉はないと思う。あるとしたらやはり周囲に。あ
いにく娼婦に会ったことはないが、小説での彼女らはとても生き生きとして誇り高く、
聖女の裏から見た姿であるのかも。(11/09)
「人様の迷惑になるために、自分で勝手に苦労している人々があるなんて(略)」

『巷説百物語』 京極夏彦 角川書店
純粋に話としては妖怪シリーズより好きだな。京極堂は妖怪を人間にし、又市は人間を
妖怪にする。妖怪を人間で説明したってその不気味さは薄れないが、その逆なら妖怪と
いう現象に人間くささという属性が加わる。もちろん、そんな生易しい言葉では片付か
ない物狂いの怪物ばかりが出てくるのが京極たる所以だ。一番好きなのは狸の話。あた
たかい寓話的解決が珍しいがそこがいい。(11/10)
世の中には、不思議なことが沢山あるものなのだ。

『イシュタルの子』 篠田真由美 廣済堂文庫
そんじょそこらのお手軽伝奇ファンタジーなど寄せ付けない、細かいところまで手を抜
かない描写が読みごたえあり。一人称が多い篠田さんの珍しい三人称なので多くの人間
の心中が出てくる。設定的には結構ありがちなものの組み合わせなのだが、宗教や出自
について悩む登場人物たちの重さが集まり、それを忘れさせる重厚さになっている。に
しても、どう畳むかと思っていたら続くらしい……(11/11)
それがおまえに与えられた杯なのだ。

『百器徒然袋――雨』 京極夏彦 講談社ノベルス
榎木津仕切の冗談に満ちた中編三編。京極堂は楽しげに三流詐欺師と見紛うようなあか
らさまなひっかけをするわ、益田くんはこんなにお調子者だったか?というような躁状
態だわ。榎木津のせいではなく地の文のせいで事件は茶化され、全員が嘘つきまくり。
作者の人の悪さが前面に出ているとこが好きだ。ばかばかしくてすっきりする。まだ書
かれていない事件が二つも出てきて否応なしに乞御期待。(11/11)
「あなたは薔薇十字探偵団唯一の良心でしょう」
「僕はそんな不届きな団に入った覚えはない」

『ギヤマン壺の謎』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
別名『名探偵夢水清志郎左右衛門珍道中記』ってところか。初めての上下巻が自作のパ
ロディとは。それでも相変わらず小ネタがちりばめられていて、狙われているとわかっ
ちゃいるけど、やはり狙い通りにくすぐられる。麗一くんはお江戸の亜衣ちゃんとウン
百里も離れちゃって出会ってもいないが、果たして下巻に登場できるのでしょうか。夢
のような歴史上の人物の競演の思い切りの良さに脱帽。(11/12)
「この世の中は、ぼくたち大人のものじゃない、亜衣ちゃんたち子供のものだよ」

『異常快楽殺人』 平山無明 角川ホラー文庫
ホラー文庫なので、脚色があるだろうな。それぐらい表現は過激になっているし、いら
んことまで描写されてる。ここまでくると犯人は何かおかしいと私でさえ思う。ただ、
精神の病気と診断されると誰の罪でもなくなるのは問題じゃないか。虐待のせいと診断
されても、虐待していた人間が息子の犯した殺人罪で起訴されることはないのだ。病気
が相手では警察の防犯の義務さえどこかに消え失せる。変だ。(11/13)
「なぜ、こんなに幼い頃に虐待を受けた人間ばかりなんだ」

『黄色い目をした猫の幸せ』 高里椎奈 講談社ノベルス
ムーミンネタがまた出るかなあ、と思って読んだ。出た、しかもすごくマイナー。ホム
サを区別するあたり。動機、というか、きっかけみたいなものは弱いと思う。いろんな
場面で行動がいかにも唐突なのだ。でもそれは平気な人もいるみたいなので、私との違
いってことか。あと出す媒体を間違っている。講談社ならWHあたりで今様な挿し絵を
つけて出した方が読者のニーズに合うと思う。(11/14)
「声は思ったことを表現するための、最も有効な道具だよ」

『風の挽歌』 栗本薫 ハヤカワ文庫JA
3冊もため込んでしまった。今回は煙とパイプ亭中心。どんなにステレオタイプだろう
が、この一家だけはグイン・サーガの良心。他の誰が幸せにならなくてもこの善良な町
民だけは不幸になるまい。くどいほどの重ねまくる表現も、この単純な悲喜交々にあた
っては目頭を熱くさせる要因となる。クサイ。だがやられる。懐かしい名前が2つも出
てきて、このままノスフェラスの頃に帰ってほしいぐらいだ。(11/15)
「行っちまったら、泣けばいいんだ」

『豹頭将軍の帰還』 栗本薫 ハヤカワ文庫JA
実は私はシルヴィアが好きだ。タヴィアより全然。グインの気持ちで読むからかもしれ
ないが、わがままもかまってほしいのがありありで可愛らしい。そして、今回、マリウ
スの困惑がわがことのように胸に迫ったよ。自由を欲するというより、自由以外で生き
られないさがのようなもの。幸せになる方法はわかっていても、それを心身が受け付け
なかったら、どうすればいいんだろう? 他人事ではない。(11/16)
「ぼくはケイロニアの、きれいな離宮で――くる日もくる日もしあわせに暮らすために
 生まれてきたんだとおっしゃるんですか」

『どんどん橋、落ちた』 綾辻行人 講談社
すさんでいる。イヤなことでもあったのか。と思ったが、イヤなこともあったろうし、
それ以上に、私が綾辻さんのホラー方面の作品を一つも読んでいないせいかも。ネタと
しては小ネタに近いトリックたちである。作品に仕立て上げるにあたっては、稚気がな
いと書けないし、読む方も稚気がないといけない。それはミステリの好きな側面である
が、持ち上げられ方とのアンバランスが何か間違った気がするのだ。(11/17)
これは袋小路への道標である。

『ぼくのミステリな日常』 若竹七海 創元推理文庫
あったかい話からユーモア、幻想、恐怖チック、全部取り揃えてお好みにあわせてどう
ぞ、という感じ。私は『内気なクリスマス・ケーキ』が好きだな。悪意が好意に再解釈
される方が読後感がさっぱりしていい。悪意に解釈した方にも悪意がない方が断然いい
ので、『写し絵の景色』とかより上に来る。結末、彼女は走り、助かった彼をはり倒す
のではないか、そんな気がする。そして再び日常が始まるのだ。(11/17)
ぼくは人間の周りに「現実的」でないことがあたりまえにあってしかるべきだと考えています。

『一握の砂・悲しき玩具』 石川啄木 新潮文庫
円熟味を帯びてきて詩作が人生のための詩作になって深い味わいがあるのが後半だとい
う解説を読もうが、私は前半の荒ぶる魂の詩作の方が好きだ。情熱をもてあまし、でも
時折後悔や弱気が除く、青くさい啄木に共感を覚える。小学校でさんざんやった啄木は
郷愁を帯びたおとなしい青年だった。覇気と誇りを捨てられない姿こそが悲しみで、悲
しみを受け入れた姿は悲しみではない、そういう詩。(11/18)
腕拱みて/このごろ思ふ/大いなる敵目の前に躍り出でよと

『活字狂想曲』 倉坂鬼一郎 時事通信社
校正者として十一年うっそりと働いた筆者の生活誌。会社制度に戸惑う筆者の気持ちが
よくわかる人間ほど笑える。高卒者が入社すると「おにいさん、おねえさん」を配し、
会社に慣れるまで交換日記、なんて制度は笑う以外どうしたらいいのか。幼い隣組が残
る中に馴染まないとして防戦、ときに攻勢に出る筆者に共感、うちのがマシかと自分を
慰めてみる。異形の倉坂さんの作品を読むのが楽しみになったよ。(11/19)
(自動車会社の「世界初」の誤植で)「どうでしょう。ひとつここは「世男<せおとこ>初」ではなく
「世男<せだん>初」と読ませてみては?」

『徳利長屋の怪』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
大江戸編下巻。まじめである。お庭番衆は名前がパロディっぽいのだが、元ネタがわか
らなかった。話はたぶん今までで一番面白かった。でも実は私は、歴史上の人物を出し
歴史的出来事に関わりを持ち、歴史を変えたからすごいんだー、的な流れがイヤだ。作
者にそのつもりはないだろうけど。勝海舟や西郷さんを動かさなくたって、荒唐無稽な
怪盗や怪談や剣豪で十分おもしろかったのに。(11/20)
「悲しい思い出が同じ場所に集まりすぎると、人は旅にでて、ちがう場所で暮らしはじめるんじゃ。」

『奉教人の死』 芥川龍之介 新潮文庫
妖怪変化め。文体はともかく書く物の色や匂いまで見事にそれぞれの短編で独特で、彼
自身がキリスト教に対してどう考えていたのか、躱されている印象だ。それでいて、嘘
をつかれているとか真摯でないとか一向に感じられないあたりが、化け物だ。信仰より
も根強い日本の神々に対する考察が、土にまみれた人々の心に食い込む根っこの力強さ
を穏やかに表している、その辺に希望を感じた。(11/22)
「しかし我我の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです」

『ひかりごけ』 武田泰淳 新潮文庫
短編集。もっとも近くに感じられるのは『海肌の匂い』だろうか。他は、異形を書いて
いる=共同体にまつろわぬ者を書いているはずなのに、そう感じられないのだ。坊主も
少年院あがりも緊急避難で人肉を食ってしまった船長も、共同体と重ならない価値観を
持ってしまったことですでに異形ではない。海肌〜の嫁だけに、受け入れられないので
はという気持と入り込む恐怖の葛藤を見た。(11/24)
何をどのくれえ我慢したらいいか、きまりってもんはねえんだからな。

『日本の憑きもの』 吉田禎吾 中公新書
事例列挙型なので、ともすると成果としての結論を忘れがちだ。事例もダブって出てく
るので読む方は注意が必要。憑きもの筋と呼ばれる、村の人間関係の軋轢を背負ってし
まった家筋も村八分にされるわけではないというのが発見だった。憑きものによる説明
は、富の配分や行いの抑制が目的だから、日常の関わりを持続するのでなければ意味が
ないわけだ。差別にかわる瞬間がおそろしいが。(11/26)
憑きもの信仰は、人間関係のあり方、役割、規範を明確にし、実施させる力を持っている。

『わが手に拳銃を』 高村薫 講談社
ついていけ一彰ーっ!私はアッシュ的結末がいやな人だし刑期終えてからじゃ五十歳越
えちゃって辛いだけじゃん、と思っていたのでエピローグに救われた。煙草で闇に火を
つけていくような、短くぶっきらぼうなセンテンスが特徴的だ。世界が燃え立つまで時
間がかかる。しかもくすぶり続ける。ハードボイルドも政治も苦手な私は、リ・オウの
出番と拳銃の雰囲気を楽しみました。一彰の父に名チョイ役賞を。(11/29)
「俺は本当にどっちも≪ノー≫だ。そう言って憚らない世界がほしい」

『蜃気楼の少女<グイン・サーガ外伝16>』 栗本薫 ハヤカワ文庫 JA
外伝だと思って油断したらまるっきり間の話だ。SFチック、といえば聞こえがいいが
ちょっとありふれた感じのする宇宙戦争。小出しにせず、もっと、あの一つ目の赤ん坊
とかと絡めて書いてくれればいいのに。カナンを滅ぼしたものが外敵であるというのは
ある意味自分たちと無縁だが話の構成上仕方ないとして、中原の人間たちこそはじわり
じわりと破滅してほしい。と思ってしまった。(11/30)
「若くて、美しくて、愛も夢もあって――とお前はいう。それは、思い上がりというものだ。」


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