10月の読書日記

mteraが10月に読んだ本。

『時間泥棒』 J・P・ホーガン 創元SF文庫
長編の方がおもしろい。私が読んだ中では最近作の一つで若書きというわけでもない。
その気になれば4倍ぐらいに膨らませそうなアイデアだ。でもやらなかった。この話で
時間を盗まれて困っているようなのは、実際は時計が合わなくて困っているに等しい。
人間が時計に縛られ、時計通りに行動しなくてはいけないように感じているこの世界を
短くきっぱり笑いたかったのかもしれない。(10/01)
「みんないつも祈っている。もう何千年にもわたって」

『彼方より』 篠田真由美 講談社
看板に偽りあり。ジル・ド・レの隠された素顔ではなくその悪しき参謀プレラッツィの
神を求めた軌跡。真実はおそらく違うだろう。唯一神を持つ人々の苦悩は、神に断罪を
期待しない日本人には体感できないものがある。それらの理由を踏み越えても書かねば
ならなかったプレラに、それでも私は、自分と同じ翳を見つけてしまう。奢りはサタン
の罪、神の不在は心の不在。どこまでも、人間。(10/03)
神がいようといまいと人間はいる。

『大江戸死体考』 氏家幹人 平凡社新書
この私が食傷、と思うほど執拗な、死体というよりは人斬りを職業とした一族の話。私
は時代小説に弱いので、浅右衛門がどれほど有名か寡聞にして知らないが、感じるのは
その中身に関わらず、お家芸に縛られて生きることは諸刃の剣だということだ。江戸で
1軒という誉れと、それを守るための浪人という身分。名よりも実を取りながら、平和
に倦んだ江戸の町で、彼らは武士以外のモノになれなかったのだ。(10/04)
権力がつまるところ人殺しを本領とする武士によって掌握されていた時代性

『幻想運河』 有栖川有栖 講談社ノベルス
手間と金のかかってる本だな。これはオランダでの実体験に基づいているのだろうか。
実験的な手法と内容が成功しているとはあまり思えない。退廃的な雰囲気を味わいたけ
れば、別の人を読むからだ。狂気自体もひしひしと迫りにくい。理由は相性としかいい
ようがないけど。有栖川さんは日常的なウィットを絡めて書いている方が似合ってる。
それを越えたかったのだろうけど。(10/09)
「自由になって、みじめなはずがないじゃないか」

『魔女幻想』 度会好一 中公新書
魔女狩りといえば拷問と火あぶりが有名だが、誰がどうして標的にされたかというのは
あまり有名でないようだ。日本でいう村八分のような心境と一部の宗教的ヒステリーが
結びついて起きたわけだが、これを知らないと、現代でも容易に起こりうる集団ヒステ
リーの異端狩りを許してしまう。救いは、魔女を探していながらも実際は幻想に惑わさ
れなかった地域も多くあるということだ。(10/14)
人間はあるがままの世界の中ではなく、幻想のなかに生まれ落ちる。

『こちら魔法探偵社!』 ロバート・アスプリン ハヤカワ文庫FT
ついに社長さんになってしまったスキーヴくん。いい気になったりして成り上がり社長
らしい。そのヒロインの座を巡る争奪戦もエスカレート。でもどうせパートナーはオゥ
ズさ〜とたか括っていたら雲行きがアヤシイし。スキーヴくんはせっかく作った会社を
畳んでしまうのでしょうか。いきなり「次週へ続く!」みたいな終わり方になってしま
ったけれど、こーゆーのも他の人の1人称も好きです。(10/16)
ともあれ、ぼくに力を貸してくれている……そのことが肝心なんだ。

『遠きに目ありて』 天藤真 創元推理文庫
車椅子探偵。感心するのは76年作なのに全然古びていないところと、感心できないの
はその頃と障害者の不便さがさっぱり変わっていないところだ。子供に子供らしさを要
求する言質は一種の差別なのでそのへん思い至らない警部さんは信一くんに対しても前
途多難な部分があるだろう、とは思うけれど、親しみでカバーできそうで希望的。私は
殺されていい人間など認めない、絶対。死刑を含めて。(10/23)
「車イスがゆっくり通れる路なら、だれだって歩き易いはずですがねえ」

『日曜の夜は出たくない』 倉知淳 創元推理文庫
『五十円玉〜』を読んだとき、アマの中ではいちばんおもしろいけど人の持ちキャラ使
っていいのかなあ、なんて思っていたら。かの人とこの人は同一人物だったのか。猫丸
先輩の知識が先に立っていたワタクシ。キャラクター主導のライト・ミステリ――なん
て思っていたら、最後の二編で一瞬たりとも油断してはならなかったと知る。もう何の
仕掛けもないだろうな?(10/25)
「大人は、大切な約束だけは、きっと守ってくれるんだから――」

『特命リサーチ200X 人体不思議解明編』 F.E.R.C. 日本テレビ
煎じ詰めれば、あらゆる不調は「もっとちゃんと食って寝て運動しろ」ということにな
ってしまう。だがそれではつまらないので、マグネシウムが足りなかったり、歯の噛み
合わせが悪かったりするわけだ。臓器再生は久々に科学の興奮と気持ち悪さが同居した
トピックス。クローンよりよっぽどキてる。170cm55kgで毎日14000kcalもとる男性
が寄生虫の話より怪談めいている。(10/26)
「ストレスは、人生のスパイスである」

『俳優<異形コレクション13>』 井上雅彦監修 廣済堂文庫
とうとう発売日が遅れた。次怪しいな。今回のイチオシは早見裕司『決定的な何か』。
抉られるんじゃないでしょうか。がむしゃらという言葉を忘れてしまった自分の姿を省
みて、ひどく醜く年老いた気分になる。『佐代子』は惜しい。オチがなければよかった
のに。恐ろしいものに変貌する俳優が多かったが(それはホラーアンソロだからだ)、
個人的には美しく哀しい変貌ももっと見たかったな。(10/28)
「その壁は自分の中にあるの」

『田園交響曲』 ジッド 新潮文庫
牧師……。彼が牧師たる資格がないように見えるのは欺瞞に満ちているところではない
だろうか。自分が悦んでいる理由を見つめずに、「忍従する者は悦ぶ者の足を引っ張る
な」と主張したところで、それは奢りにしか見えない。懺悔調になってからの彼の方が
よほど牧師らしい。少なくとも人間らしい。少女は光に目を侵されて罪を知ったのでは
なく弱さを知ったのではないか。私たちは弱くしかあれないのか。(10/28)
人はみな喜びへ赴かねばならぬ。

『君について行こう<上・下>』 向井万起男 講談社+α文庫
夫から見た宇宙飛行士向井千秋さん。不覚にもホロリとなってしまった。頑張って頑張
り抜いて、でも、いつも笑いを与えながら、本当に宇宙を飛んだ。笑顔でくるまれた努
力に弱いの私。彼女はきっと宇宙飛行士になる前からプレッシャーを感じていた。夫は
困った発言をしながらも、徐々に周囲に感化されていく。軽妙で読みやすい。上巻の表
紙が、すべての雰囲気を表していてウマイ。(10/30)
「マキオちゃんに私の底力を見せてあげるから、よく見ていてね」

『銀の檻を溶かして』 高里椎奈 講談社ノベルス
わーもろヤングアダルトだ。ミステリとしてはアンフェアだと思うし、YAが苦手なら
ダメってぐらいキャラは定石。設定ほどのインパクトはないと思う。だが本編そっちの
けで無茶苦茶気になったこいつら:「全身緑色」の悪魔(この時点では気にならない)
「左右取り違えた靴」の小さな子供(あ?)ハンドルが「ホムサ」で「理性的に物を考
える小さな生き物」すいませんファンですかあ!?(10/31)
「どうして曖昧も不確かもそのまま受け入れられないのか」


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