8月の読書日記

mteraが8月に読んだ本。

『九マイルは遠すぎる』 ハリイ・ケメルマン ハヤカワ文庫HM
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」とい
うだけの文章から驚くべき推論を導く――って説明の必要もないぐらい有名な話なんだ
けど、なぜこれを解いたコンビの方は有名じゃないんだ!? ニッキイってば法学部教
授のくせにチェスに負けて不機嫌になっちゃうし負け惜しみ言うし「わたし」はそれを
察してにやり。2人が50歳近いことなんて問題じゃないわ!(08/01)
自分から挑発しておいて、わたしがのってゆくととたんに嬉しそうな顔をする

『夜明けの睡魔』 瀬戸川猛資 創元ライブラリ
海外ミステリの書評。といってもかなり古典があがっているので、どちらかというと初
心者導入とミステリ好きへの再認識を促す本ってところ。でもうまい。読みたくなる。
たとえネタバレされていても、またたとえ論調が「ちょっとフェアじゃない」なあと否
定的であってもだ。ましてや「アレ」などとトリックを仄めかされようものなら。注意
書きをつけて。忙しいときやお金のないときに読まないでください、と。(08/02)
(ミステリは)エンタテイメントであり、大衆小説であり、同時代的に気楽に読まれるべきものだ。

『強盗プロフェッショナル』 D・E・ウェストレイク 角川文庫
一癖も二癖もある小悪党たちが銀行を盗む計画を立てた! はっきりいって皆ケチな百
科事典詐欺師とか車泥棒とか三流ばっかりなのでこけつまろびつ盗む感じだが、ファミ
リーとでもいいたい結束(ホントか?)でもって難事を乗り越える。昔のハリウッドコ
メディ映画みたい。ちょっと今から見るとテンポもプロットもまどろっこしいね。でも
銀行が消えたときのカタストロフィとお約束の結末は素敵よ。(08/03)
「甥っこなんてものはだいたい、ぐうたらのろくでなしにきまってる」
「どんなやつだって、だれかの甥にあたってるんだぜ」

『日本語の復権』 加賀野井秀一 講談社現代新書
わかりやすいし納得できる論調だ。あいまいと言われる日本語は共通基盤を根底にした
察しを孕んだ言語であり、あいまいになったのは基盤が崩れているからだ、と豊富な事
例をもって看破してみせる。多くの人と共通基盤を作ろうとしないで内輪だけの言葉で
すませることを甘えと見ているのはネット言葉を駆使する私には耳が痛いです。でもち
ゃんと日本語の美点を誉めているところがとても好きだ。(08/04)
(マニュアルは)人間が自分に合った言葉を見いだせなくなるのなら、いっそ、
言葉に合った人間を作り出してしまおうという試み(略)

『異邦人』 カミュ 新潮文庫
この話に対して共感を表明して喜びを述べ立てるのは甘えているようでたいへんイヤな
んだけど、そうなのよ。殺人という行為ではなく母親の死で嘆いたかどうかの感情を断
罪してくる人たち、そしてその判断は表層に委ねられる。表層で人間失格の烙印を押さ
れることは恐ろしい。なぜなら人間をやめることはできないから。だから彼は表層が異
なるだけの異邦人。ね、たいへんイヤでしょ、自己弁護みたいで。(08/06)
それはママンを埋葬した日と同じ太陽だった。

『消える総生島』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
なぜ突然綾辻が出てくるの……? 今回閉ざされた空間、いわゆる雪の山荘ものなわけ
だけど、山荘の条件を全部クリアして、しかも仕掛けは島田荘司ばりの大仕掛け。子供
向けな安全な話なので、孤島である必要がイマイチ弱かったと思うけど、大人への希望
が持てる点、無理な動機であってもいい動機だ。三つ子の家の両親に今や親は束縛する
敵ではなく不在なものなんだな、と感じたよ。(08/07)
「おきぬなら おこしてしまえ 怪事件」

『今夜は眠れない』 宮部みゆき 中公文庫
いいじゃん、これ。大人ぶってる子供が胸に抱えてるもやもやと大人が胸に抱えてるも
やもやで無理なく行動を促しててさ。じたばたする親と達観してるけどちょっと寂しい
子供の組み合わせって素敵。それだけだといたたまれなくなるんだけどさ、ちゃんとわ
かってくれる阿吽の友人も配して。ミステリというよりピカレスク、騙される側に視点
があるのに爽快感がある。(08/07)
「今の彼ら(親)にだって、傷つきやすいナイーブなハートがあるんだってことを忘れちゃいけないんだよ」

『ぼくは王さま』 寺村輝夫 フォア文庫
いや、なつかしさのあまり……。いきなり王子が生まれて「ええっ?」。お姫さまは?
ラッパの音とかオルゴールの音とかトラックの音とか擬音の表現が素敵。教訓があるこ
とに初めて気がついた。小さい頃はそんなのどうでもよかった。オムレツがおいしそう
とうらやましく思ったり、シャボン玉がほしくなったり、オルゴールが鳴るたびにどっ
きりしたり。確かにあの頃は王さまだったね。(08/07)
どこのおうちにもこんな王さまひとりいるんですって

『夢にも思わない』 宮部みゆき 中公文庫
いーやーだー。このテの大人への足がかりはイヤだ。単に好みだけど、変化するなら純
化する方向へと変化してほしい。島崎くんへのコンプレックスも葛藤もわかる。でも、
理解と好意は違うのだー。私島崎くんタイプだからな。恋する相手に対する主人公の熱
狂に巻き込まれないと、違和感が残る。おそらくその辺が、宮部さんに対する苦手意識
の所以だろう。前作と違ってトリックのない社会派。(08/11)
「みんな自前のお経を唱えてるよな。何かを傍観したり、ちょっとうしろめたいことをしたりするたびに」

『大誘拐』 天藤真 角川文庫
百億円の身代金誘拐の顛末は、というメインストーリーに実は主眼はないと思う。不惑
も還暦もとっくにすぎたおばあちゃんが、地団駄踏んで悪あがきして、国を煙に巻いて
反抗する姿が素敵だ。西遊記とか桃太郎とかに求められそうな骨子はお伽噺的ではある
けど、老人は仙人じゃなくて人間だと実感できる。心地よいピカレスク小説だ。79年
に書かれているので、まだマスコミがおとなしい。(08/14)
「心のどこかに、一ぺんはそうした時間を生きてみたい、いうメルヘンみたいなもんがある」

『星を継ぐもの』 J・P・ホーガン 創元SF文庫
月で発見された死体から、人類の秘密が明らかになる。私の記憶も掘り返すごとく、ガ
ニメデで発見される宇宙船も月の謎も出てきたときに答えを思い出した。SFチック。
話はとても前向きなSFで、人類の叡智で解けない謎はないという姿勢が貫かれ爽快。
登場人物は凛々しく、対立関係の人物も悪役ではなくライバルだ。子どもに薦めるSF
というランキングがあれば是非加えたい作品。(08/15)
「宇宙のいかなる力も、われわれを止めることはできないのだ」

『魔女の隠れ里』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
夢水清志郎は犯人を捕まえたことがない名探偵だけれど、今回ばかりは捕まえた方がよ
かったんでないか。他愛ない家出や器物破損と違って、まかり間違えば、連続殺人とな
っていたはずで、犯人はまかり間違うことを期待していたのだから。警察と探偵は違う
が、理由さえあれば神様の手に判断を委ねてしまっていい、なんて結論にならないよう
望む。綾辻『人形館〜』に似ている感じ。(08/17)
「あんたら、人間が正気か狂気か決めるのはなにか、わかるかな」

『R62号の発明・鉛の卵』 安部公房 新潮文庫
筒井と星と清水義範のルーツ、というテイストの作品群。ちょっとストレートすぎるき
らいのある皮肉は北風と太陽の北風の方になりかねないと思う。中では『耳の値段』が
最もそれを忘れていられる。ただ耳を傷つけようとしてうまくいかないことにいらいら
する主人公に同化するうちに、世界が捻転するような感覚を味わう。『死んだ娘が歌っ
た……』では純粋にもの悲しい歌が聞こえる。(08/17)
主人が恐かったのではありません。自由意志が恐かったのです。

『踊る夜光怪人』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
要約すれば、可哀想なレーチくん。という話だ。超健気な犬コロみたいだ。長じて亜衣
ちゃんに最後までおあずけくらって気の毒だけれども、読んでる方は楽しい。変な顔に
なっちゃうぐらい好きなんて青春でいいねえ。鬼。ミステリとしてのテーマは暗号。私
は犬と木で島荘思い出したけど話は乱歩? この人は古き良き探偵小説を児童に広める
役を自任しているので似ているのは悪いことじゃないんだけどね。(08/18)
「みょうな顔してるよ、あんた。おこってるような、よろこんでるような、泣きだしそうな――そんな不思議な顔」

『機巧館のかぞえ唄』 はやみねかおる 講談社青い鳥文庫
解説に書かれているとおり、今回は特に遊びで出てくるミステリ作家ネタが多い。もう
隅から隅までだ。綾辻さんとは仲がいいのか。そんなことばかり気にして読んでいるわ
けじゃないんだけど、その遊びっぽいところが、「さあ、これから一生、このめくるめ
く世界で遊んでおいで」って感じで今の子どもがうらやましいのだ。表紙の印刷画質は
あんまりじゃないだろうか。(08/20)
「ぼくが招待されたのは、機巧館ですか? あなたの夢の中ですか?」

『GOD<異形コレクション12>』 井上雅彦監修 廣済堂文庫
犬タイトルが3つもあるな。他の人と似たタイトルを付けた時点で負けている。篠田さ
んのこの主題は長編でも追及してる、いっそ小気味いいほど得意ネタだ。話として今回
ピカイチと思ったのは久美沙織『献身』。依存することされること、哀しいということ
愛<かな>しいということ、すべてが最後のありふれた一文で結実している。神が百合
に埋もれるイメージにむせかえる。(08/24)
「誰にも、この俺に、殉教なんかしてほしくない……!」

『Yの悲劇』 エラリー・クイーン 創元推理文庫
すごく納得した。後世のミステリに与えた影響ははかりしれない、それを数え上げられ
るのも無理ない。『アクロイド』と一緒、やったもん勝ちである。何しろ○○が犯人の
館もの、って私が知っているだけでも3つ、か。それを全部Yの流派と括れる特徴だ。
今の世の中じゃ珍しくないだろうが、この手の犯人でどんなにいいトリックを思いつい
てもYの真似といわれてしまいそうな、恐ろしい作品だ。(08/27)
「彼は生きるのに適さないのです」

『軽いつづら』 丸谷才一 新潮文庫
コラムの内容に引き込まれて読んでいくうちに、旧仮名遣いが気にならなくなる。この
人のこだわりと私のこだわりほど離れている世界もないだろうが、それでもおもしろい
コラムだと思う。博識を探究心として書くことでさりげなく読者自身に日本文化を意識
させるも、それがおもしろいコラムを書くという目的のみで書かれている。ウィットに
富んでテンポも軽快。文章と思いつきが秀逸。べた褒め。(08/29)
同級生の鼻水を拭いたせいでピカピカに光つてゐたのを思ひ出し、モスクワのフランス兵に心から同情した。


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