7月の読書日記

mteraが7月に読んだ本。

『楚留香 蝙蝠伝奇(上・中・下)』 古龍 小学館文庫
地味な借屍還魂(甦り)でどうやって3巻保たせるのかと思ったら、それは突端、徐々
に伝奇の名にふさわしい冒険ものに。3冊まったく別の作品として読める。ちょっと大
風呂敷広げすぎたかな、ってところだけど。でもちゃんと畳んだしね! 上巻が最も味
わい深く、全員が自分の意志で動いていると感じられて好きだな。花の香りを残すとい
う楚留香、彼のちゃんとした泥棒稼業も見てみたいものだ。(06/28,30,07/01)
「私は平凡な人間よ。平凡な生活をしてきたし、これからもそう」

『歓楽英雄(上・中・下)』 古龍 学研歴史群像新書
読んだ3作品の中ではこれが最も凡作。一つ一つのエピソードの絡まりが弱く、敵との
関わり方が単純。文章も似た言い回しが目立つがそれは古龍のせいではないかもしれな
いので保留。ただ、読んだ中で唯一、平々凡々な、ずば抜けて武芸に優れるわけでも特
殊技能があるわけでもない男共の楽しくも精一杯義を貫く生活と初々しい想いを描いた
話なので、これぐらいのまとまりの方がいいのかも。(07/03,05,07)
「俺っていう男は、小さな揉め事はしょっちゅうだけど、大きいものは起きないからな」

『キリンの血圧はなぜ高い』 松田保 小学館文庫
この人、専門は凝固だろうな。化学物の名前をきちんと覚えて読み進めないと、後ろの
方に来た頃にはわかりにくくて仕方がないが、それさえ押さえれば、血液に関する雑学
特に凝固に関する知識が増えることうけあい。しかしこの本の売りはそんなことではな
い。唐突に出てくる映画の話がおかしいのだ。虎視眈々と挟むすきを狙っていたが一歩
の所で機会を掴み損ね、単に好みを喋る文章のおかしさ。(07/09)
「体を守るための仕組みは、いずれもいきすぎると病気として体を苦しめることになる」

『魔界都市ブルース<妖月の章>』 菊地秀行 祥伝社ノンノベル
一作を除けば(笑)、どれも静かな雰囲気と別れを扱った、ブルースらしい話。最も興
味深いのは『寂しい劇場(こや)』。人々の口にのぼる演劇少女を捜す話。この理代を
悪意なく書くとは(詳しく書くとネタバレになる)、もしかしてどこかで菊地さんもこ
んな子に会ったのかな〜と想像したりして。でもどうしても、強烈な印象は外谷さんに
さらわれてたりして、やっぱ理代っぽい本ってこと?(07/12)
「私は故郷を懐かしんでいるだけよ。誰も知らない、見たこともない国を」

『ヴィラ・マグノリアの殺人』 若竹七海 光文社カッパノベルス
印象に残るのは、各人の生活のスタイルが推理小説っぽくないバラエティに富んでいる
ことと喋り言葉が自然だということ。女言葉を喋らない女性が気負いなく登場し普通に
息をしているところに感心。でもそのため、謎への興味はあまり持続しなかったな。住
人の生活に風は吹くのか、ということに関心が向いてそちらは納得、ラストは気分的に
蛇足な感じ。日常ミステリを期待してしまう作風。(07/13)
「ツケがてめえんとこに戻ってくることがわかっていても、気に入らない上役に意趣返しのひとつやふたつ(略)」

『The Boy's Next Door』 新堂奈槻 新書館ウィングス文庫
だってあとり硅子のコミックスが出ないんだもん。というすごい理由で買った本。その
意味では、絵は結構あるし展開及び文体はマンガ的だし、あとり硅子っぽい雰囲気もあ
るので間違った買物ではない。けど、久々のこの文体にはちょっと抵抗が(^_^;。小説は
所詮マンガではないので、マンガ的表現をしようとするとちょっとくどいし、翻訳作業
が必要なのでいらん頭を使うのだ。(07/14)
「私、夫がひとりほどおりますの」

『名探偵の掟』 東野圭吾 講談社文庫
本格推理、というのは意識して読んだことのある人でなければ他の推理小説と区別がつ
かない世界だろう。かくいう私もつい最近まで認識なかったけど、要するに様式美が横
行する世界だ。その、本格を本格たらしめる掟を力任せに破っているのがこの本。しか
しパスティーシュとして特に優れてはいないので、お約束を知らなければ、全く意味を
なさない。笑える私は自分の病の深さを思い知ったね。(07/14)
「推理なんかしないんだ。主人公が推理していくのを、漫然と眺めているだけさ」

『名探偵の呪縛』 東野圭吾 講談社文庫
前作の探偵が探偵として機能している本。可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるが、
親に反抗し、親と同じことをしでかし、故郷に戻ってくる青年のような、少々のノスタ
ルジィで味付けされた作者のスタンス声明小説になっている。無邪気にパズル的な本を
なあなあで楽しんでいちゃまたダメになる、という危機感と慈愛が作品を支えている。
純粋に推理小説としてなら前の方が面白い、かも。(07/15)
「正直なところ、これほど頭を悩ませることになるとは思わなかった。これほど私を苦しめるとは思わなかった」

『人生の装飾法』 松崎憲三編 ちくま新書
広告まで装飾で括ってしまうのは範疇広すぎるきらいもあるが、大変知的好奇心に満ち
た本。白無垢が死と再生を表すことから民俗学的展開をするのもいい。日本では飛鳥の
時代からアクセサリーが欠落しているという世界でも珍しい装飾史を持っていること、
などは提示されただけでわくわくしてしまう謎だ。現代は装飾過剰な時代だが、飾る中
身があるわけではないな、と多様なしきたりの消滅を憂う気分。(07/19)
シキタリもハヤリも、シキタリであること、ハヤリであること、そのこと自体で自分自身を正当化する。

『ステップファザー・ステップ』 宮部みゆき 講談社文庫
ユーモア・ピカレスクに分類されるらしいが、どうもユーモアの部分が空回りしている
ように感じられてしようがない。素直〜にアットホームな部分を書いてくれれば、ほの
ぼのとした笑いがとれるんでないだろうか。お父さん優柔不断なので話が進まないし。
直と哲が一筋縄でいかないにしても幼さが目立つのが気になる。。悪くはない、悪くは
ないんだけど、のっぺらぼうみたいな印象が抜けないのだ。(07/21)
「親はなくても子は育つが、子供がいないと親は育たねえ」

『百鬼夜行――隠』 京極夏彦 講談社ノベルス
今までの長編の脇をしめてた人たちが主役を張る短編が9本と関口の話が1本。短編が
続くと、気になったことが。なぜ皆同じ方法で考える。内容は多種多様なのが当たり前
だけど、考えの運び方も十人十色でないか普通。実は私は一発芸的な話が好きなのだけ
ど、短編より長編の方がそうだったのは不思議だな。あんまり売れてるので、つい厳し
い点になっちゃう。ところで慈行さん、こんなとこにいたとは……。(07/22)
でも、面倒だったんだよ。

『檸檬』 梶井基次郎 新潮文庫
これは小説の形をとった散文詩でしょう。隣に死を従えて静謐のうちに一歩一歩を終わ
りに向かって刻んでゆく感じ。動揺は、あったとしても、その動揺が文学になるのでは
ないと思える。病身の秒針のような描写。でも私としては、結核患者たることが大きい
作品や抽象度の高い作品より、海に歩いていく『Kの昇天』が好きだ。見つけた影にひ
きずられる気持ちは、きっとどこにでもあるから。(07/27)
「冷静というものは無感動じゃなくて、俺にとっては感動だ」

『点と線』 松本清張 新潮文庫
地味だが読ませるミステリだ。アリバイがあることが不自然な、という設定はこの辺か
ら始まったのかと思いながら読むと感慨もなお深い。飛行機という手段がなかなか思考
にのぼらなかったり時代の流れも感じるけれど、その分、パズルチックな本格要素が強
く出ている。裏表紙の梗概に「社会派」とあるけれど清張で最も社会的でないのがこの
話じゃないっけ? 最後は男論理っぽいのが不満。(07/28)
私がこうして床の上に自分の細い指を見ている一瞬の間に、全国のさまざまな土地で、汽車がいっせいに停っている。

『インベーダー・サマー』 菊地秀行 ソノラマ文庫
得体の知れない切なさが突然こみあげる、とか、ある日突然想い出だけが胸に残ってい
る、とかいうシチュエーションの好きな菊地さんらしい話。初版昭和58年なんだけど、
この頃から菊地さんは高校生を大人に書くのが印象的だ。少年マンガ系なのに。宇宙か
ら何しにきたとかの原因じゃなくて現象の結果の方を突き詰めていくやり方も変わって
いない。ただ、やっぱちょっとテーマ先行の気があるのが若いよね。(07/28)
「いま、どんな考えを持っていても、卒業後半年もすりゃ変わっちまうぜ」

『夢想の研究』 瀬戸川猛資 創元ライブラリ
活字と映像を題材に、夢想について論じた本。要するに書評・映画評コラム、っていう
ところだけど、うまい。どれもこれも読みたく/見てみたくなるのだ。SFやミステリ
関係が多く私の守備範囲であるってところを除いても、南北戦争映画の裏読みもナイル
水源発見の経緯についてのドラマも彼の筆にかかると非常に魅力的。古い作品が多くて
なかなかレンタル屋にないので欲求不満がたまる〜。(07/30)
映像メディアは活字メディアの想像力を積極的に吸収し、タイムマシンのような夢想を定石に変えてしまったのである。


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