読書日記(2000/7)


←6月8月→↑インデックスホーム

『泥棒は選べない』
      ローレンス・ブロック/田口俊樹訳/ハヤカワ文庫HM/640円
依頼され泥棒に入った先で住人が殺されていた。容疑を晴らすために自ら真犯人を捜し出せ!

すごく整ったプロットだ。泥棒探偵としてその鍵開けの腕も発揮されているし、それこそが事件解決の鍵でもある。ちょっとした冒険もあるし、恋もある。いまふうの派手な映画じゃなく、おとなしめにウィットの富んだ映画にしてみたい感じ。(07/01)


『依存』
      西澤保彦/幻冬舎/1800円
タックには双子の兄がいた!? ストーカー事件を解決する一方、4人組は教授の家で……。

途中で「これはおかしい」と気がつくようにできている。謎解きパズルとしてはストーカー事件の方がメインなんだろうが、それはタックの過去を明らかにするための導入だ。それを背景にタックが自ら語る過去を聞いていると、読者は奇妙な点と真実を察するという構造。こんな過去と現在に出逢ってしまっては、タカチの強さが頼もしい。助けてというタックのメッセージを包容できるのはタカチしかいない。支えてもらって立ち直れることを嬉しく思う。ミステリって感じじゃないな。(07/04)


『ゲーム・オブ・チャンス』
      真瀬もと/ウィングス文庫/640円
精神的に追いつめられていくモリアーティは、ベーカー街221Bに身を潜め……。

ライヘンバッハの滝から復活までやってきましたな! いよいよシャーロック・ホームズを名乗った。ここまで違う話になっているのに、なんか最後どう始末つけるのかわくわくする。滝はどうするのかと思ったら、彼もライバルも落ちずに、彼の過去が落ちた形になった。でもそこから苦悩が始まっているので、苦悩よりも開き直りの好きなワタシとしては、早く立ち直ってほしいところ。次で最終巻だっていうけど、まさか養蜂まではいかないわよね?(07/13)


『紅秘宝団<魔界都市ブルース>』
      菊地秀行/祥伝社ノンノベル/800円
紅秘宝団VS銀仮面の秘宝争奪戦に巻き込まれたせつらが記憶喪失に!

終わってない。続く。記憶喪失とはいえ、メフィストをセンセイと呼ぶせつらが涙出そうなほど怖いです……。普通の応対にコワいとはいかなる心境か。メフィストと顔合わせるたびにごめんっ、記憶喪失なんだ、勘弁してくれという気持ち。幸いにも、この状況につけ込んだり怒ったりするのは名がすたるとでも思ったか、これは「私」とかけ離れていると興味をなくしたか、ドクター冷静。でも「私」の方もどうやら記憶喪失らしい。無防備なのに糸だけは相変わらず完全武装だから安心だが。人形娘はトンブの所業を知ったらキレるのではないだろうか。最初の忘年会といい、いろいろマニアックな楽しみの多い話だ。(07/14)


『少年名探偵 虹北恭助の冒険』
      はやみねかおる/講談社ノベルス/840円
小学校6年生響子の住む虹北商店街で起こる不思議な事件を、恭助が解決する。

アーケードの透明人間はうまいな、と思ったけど、たいがいは他愛ない、不思議というほどのものでもない出来事。それでも満足できるのは、他の枝葉末節が性に合ってるからか。小学生という年齢設定をしておきながら、人が集まる=事件が起きやすい、学校という舞台を放棄する不登校児という設定。しかも本ばっかり読んでる出不精の6年生。この設定で後ろ向きじゃないと思わせる話に仕上げてしまう。加えてワトソン役の響子ちゃんを学校好きな明るい子、でも恭助に理解あり、というキャラにすることで、いろんな子供生活を評価してる。そういうところが好き。(07/16)


『「Y」の悲劇』
      有栖川有栖・篠田真由美・二階堂黎人・法月綸太郎/講談社文庫/533円
かの名作に捧げる、短編アンソロジー。

有栖川さんは短編まとめるのがうまいなあ、と実感。篠田さんは相変わらずどんなテーマも自分の土俵に持ってくる。二階堂さんは、ちょっとなあ。設定からいくといちばんエラリーっぽいのは法月さんか。にしても、いちばん好みではなかった二階堂さんに突っ込まれていたが、いったいどういう企画なんだ、これは。(07/17)


『西城秀樹のおかげです』
      森奈津子/イースト・プレス/1600円
あなたも「YMCA」を踊ったことがありませんか。笑いとエロスで彩ったばかばかしい短編7本が炸裂。

人類絶滅と西城秀樹と女学生。これになんの関係があるのか、考えると夜も眠れない人にお勧めかも。なんて嘘です。ホンットにばかばかしいんすよ(笑)。ポルノで笑える人におすすめだ。なにしろ4本はSFバカ本が初出だし。エロシチュエーションそのものでぼけて、ツッコミを入れる。絶妙なテンポだ。レズネタが得意で、そういう描写の気合いの入れようったら、ステキですわ、お姉さま。しかし、「YMCA」の真理って、本当ですかあ!?(07/18)


『仔羊たちの聖夜<イヴ>』
      西澤保彦/角川書店/1000円
タックたち4人組はイヴに飛び降り自殺に遭遇して、手元には彼女のプレゼントが……。

アオリの抱腹絶倒って一体何だ。重いぞ、このテーマは。おそらく西澤さんは共依存の親子関係が主テーマなのだろうと理解した。『依存』よりも時間軸上では前にあたるし、発行上でも前なのだが、確実に『依存』につながる波のようなものは見えている。もとがパズラーなので、動機などを他者の口に説明させるという手法にならざるを得ないのだろうが、このテーマは当事者の口から話を聞きたい。想像を踏まえた推測ではなく、私たち子供の真実として。それが『依存』という形になったのだとしたら、とても喜びたい気持ち。(07/22)


『ジュリエットの悲鳴』
      有栖川有栖/実業之日本社ジョイノベルス/819円
シリーズではない短編を12本。

有栖川さんってマニア受けしてるのが不思議なぐらい、なんつーか、フツー人の話を書くんだよな。出てくる登場人物に特殊性を狙っているわけではないのだ、火村さんでさえ。会社員とかくたびれた中年のおっさんとかをフツーに書く。キャラクターもの全盛の現代ミステリの中で、「小説」を書いてる人だと思う。この表紙の字は多分ご本人のものでしょうが、めちゃうまい。書家のうまさではなく、読みやすい字だ。この字が作風を表しているといっても過言ではない。『登竜門は多すぎる』に出てきた一太郎に代わる製品名には大ウケしました。(07/23)


『スコッチ・ゲーム』
      西澤保彦/角川書店/920円
タカチの恋人は2年前殺されていた。その真相はスコッチの向こうに。

犯人を見事に隠された。まったく見当がつかなかった。動機や人間関係はともかく、パズルとしてはいまんとこシリーズ中でこれがいちばんうまいのではないか。恵が千帆の(この話に限っては千帆と呼びたくなる。いまや彼女はタカチなのに)視点でしか語られないのが残念だ。千帆が彼女に惹かれた点をモノローグだけではなくエピソードも織り交ぜてほしかった。千帆の視点でしか語られないところが効果なのかもしれないが。今気がついたけど、匠千暁と高瀬千帆って名前が酷似しているな。魂の双子であることは実は最初から決まっていたのかもな。(07/24)


『古書店アゼリアの死体』
      若竹七海/カッパノベルス/838円
葉崎市で死体を見つけてしまった真琴は、店番を頼まれた古書店でさらに大騒動に巻き込まれて。

若竹さんの話、すごく好きかも。特にこれっていう強烈さはないけれど、安心して読める。伏線は巧みに日常的な話に紛れ込んでいて、謎が明かされて初めてそれが伏線にもなっていたのかと気がつくという。みんないい人だしね。見返しの著者の言葉、コージー・ミステリは凶悪な犯人が明らかになったとき、関係者が「なにそれ、ひっどーい!」と反応する話、というのは言い得て妙だ。何とも等身大で、犯人が捕まらなくても、まあ、あの人ならいいか、と自分の矛盾さえ許しちゃう。ところでロマンス小説って奥が深いんすね。こんなにジャンルが分かれるものだとは知らなかった……。(07/26)


『Bolero』
      吉田音/筑摩書房/1800円
猫は人々の間をすり抜け、いろんな物語を拾ってくる。

このプロフィールは本当だろうか。だったらちょっと嫉妬しちゃう。何しろ著者1986年生まれってなってる。なのに、カフェとチョコと古いレコードを巡る人々の思い出を、少し懐かしい調子で綴れちゃうんだから。まるで写真集のように、雰囲気のある小物や景色の写真を多く挟むあたりもしゃれている。神奈川の本屋でばかりよく見かけると思ったら、舞台は横浜。スタイリッシュな日常の物語。(07/27)


『私が捜した少年』
      二階堂黎人/講談社文庫/590円
渋柿信介は私立探偵。クールに犯罪を暴く5編。

って言って幼稚園児なんである。地の部分が1人称なんだけど、「ベイビー・トーク」以上に人を食っている。ハードボイルドを普段読まない私だけど、パロディとして十分楽しめる。見たことないからわかんないけど、名前の相似はもしかしてクレヨンしんちゃんか何かの影響もあるんでしょうかね。現代的だが、どこかおとぎ話チックな家庭像。なんか二階堂さんのカー派と呼ばれる作品を全然読まずにこういう與作ばかり読んでいるな……。(07/28)


『木曜組曲』
      恩田陸/徳間書店/1600円
4年前、女流作家が自殺した家へ集う女たち。意外な告白から過去が明らかになっていく。

ミステリとしての謎解きで人としてのさがを思うより、ちょっとした性質の方を罪深く思う。出てくる女はみんな物書きなのだが、その中に出てくる台詞。「自分の作品を、物書きが捨てられるはずがないわ」と断言するその作品は、下手をすれば、罪にまでは問われないにしても道義的に社会的に非難を受けそうな性質のものである、とみんなが認識している設定なのだ。そしてそれにひどく納得する。破滅は死や断罪によってやってくるのではなく、書けなくなること、によってやってくるのだ。(07/30)


『現在治療中・1』
      桜木知沙子/ディアプラス文庫/560円
かつて家庭教師だった歯科医に恋をする公紀のステップ。

イラスト・あとり硅子につられた第2弾。恋愛ものはかったるいのでものすごーく久々なのだが、やっぱりじれったくなってくる。どうせそれは思いやりという名のものだ、すぱっと聞け! と背中蹴飛ばしたくなっちゃうのだ。実際に革新的に人とぶつかっているならまだしも、普通の行為から想像が突っ走って相手の気持ちを無視して、悪意というと言い過ぎかもしれないけれど、そう解釈しているわけでしょう。現実に行う逡巡を否定するものではないが、この系統のフィクションにおいてはラストがきっぱり予想ついてしまうため、余計じれったい。でも私のしょうに合わないってだけで、じれったいのが好きな人にはまあまあじゃなかろーか。(07/30)


『永遠の森〜博物館惑星〜』
      菅浩江/早川書房/1900円
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館には、いろんな美が集まってくる。連作短編集。

美しいという感動の元で涙が出てくる貴重な本。光景が美しいのでも際立って描写や文章が美しいのでもないけれど、笛の音が響き渡ればその魅力は感覚で理解できてしまうし、舞台から美を捧げられたりされてしまう。美という概念が、文章の隙間から滑り込んでくるような。異星人の遺物とか出てきてSF謎明かし的な興味もあるけれど、心の中にキレイなものを抱いていることの喜びが溢れている。そしてフェミニズムSFでもある。美を享受するものは、絶対的母性で、誰の胸の中にもある。(07/31)


←6月8月→↑インデックスホーム