読書日記(2000/6)


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『東京珍景録』
      林望/新潮文庫/667円
日常風景のはずが、珍しくなってしまった東京の建物・風景たち。

昭和初期や明治大正の建築物には風情がある。それを見つけるリンボウ先生の観察眼は、すばらしいものがある。瀟洒という言葉が似合う洋館などは、今ではすっかり失われている、その痕跡を写真に残そうとするのは、素敵な活動だ。私もこういう写真はとても好き。でも、文章が苦手。見つけた珍景を褒め称えるのはいい。それだけで魅力が伝わると思う。現代の建築物をけなす必要はない。意図して残しているもしくは必要がなくなって取り壊す必要もないので残っている建物はいいよ。でもさびれてしまって人通りもない商店街を前にして、私たちは今の生活から離れてここに帰ってこれるかというとそれは絶対にないだろうと思う。だから、部外者が調子のいいことを言っているような罪の意識に駆られてしまうのだ。それを解決する方法は、現代の風景で得たところもちゃんと見つめて、どうやって共存していくか考えることだと思う。その視点に、けなし文句は不必要だ。(06/01)


『大いなる旅立ち<上・下>』
      デイヴィッド・ファインタック/野田昌宏訳/ハヤカワSF文庫/720円・720円
先任士官候補生ニックが突然艦長になるはめに……。

まるで降ってわいた幸運だが、実際は、降ってわいた不幸の連続。自分より上が4人もいたのに、アクシデントの連続で自分まで艦長職が回ってきちゃうんだぜ。ニックの態度って、誰に対してではなく正しいと思うことをやらねばならない「神様が見ている」的なところがあるなあと思っていたのだけど、やっぱり、いたのですね、彼にとっての神様。それまで、艦長らしくなったなあ、と感心していたけど、18歳だということを突然思い出して、何だかかわいそうな気分になりました。軍隊教育ってものについて、それの有無の功罪を考えされられた、ものすごく硬派なSF。(06/03)


『バッテリー2』
      あさのあつこ/教育画劇/1600円
中学に入学した巧は教師や先輩とぶつかる。

「もういっかい泣け! そこで泣け! 許す!」とこっちで握り拳してたのに巧は踏みとどまってしまった。だってあんなことされて足に震えが来てるぐらいのときに、みっともなくて恥ずかしいと考えちゃうのはやっぱ痛々しいよ。彼の誇りは半端じゃない。ハラハラした。お母さんじゃないけど。というか豪ちゃんじゃないけど。いっつもフォローしている豪ちゃんにも誇りがあるからなおいっそうたいへん。(あ、無事なんだ)の一言に、あんた一度でいいからそれ口に出して言ってみなさいよ……豪ちゃんもう死ぬまであんたのキャッチャーよ、とばばくさいおせっかい。悪役らしい悪役の先生や先輩にも、ちゃんと誇りがあって、気持ちがあって、それが衝突してるのが後ろの方でわかるから、なんともやるせないです。(06/04)


『バッテリー3』
      あさのあつこ/教育画劇/1500円
紅白試合で久々にマウンドに立つ巧。

これ4出なかったら怒るぜ……。なんつーか、巧と豪ちゃんの勝負はそんなところから始まってほしくないというか。まあ片方のベタ惚れっちゅーのも発展がないが。もう一度、違うところから始まってほしい。それを是非4に。私野球全然興味ないんだけど、試合に対する巧の姿勢って、すごくまっすぐだわ、と感心。試合に限らないけど、まっすぐ直球。普通の人間はそんなにまっすぐにされると目をそらす。でも、そういえば、そういうまっすぐなところって、みんなが持ってたよな。巧は正しいと思うが、折り合いについて考えると仕方ないとかいいたくなるのがわかってしまう自分がちょっと嫌い。巧が伝染している豪ちゃん状態。ホントはみんなまっすぐなところがあるんだって読んでるとわかるんだけど、それさえも妥協の産物に思える純粋な潔癖さがうらやましい。どうでもいいけど狙われている自覚は確信に変わっています。2から。(06/04)


『The MANZAI』
      あさのあつこ/岩崎書店/1400円
秋本から漫才コンビを組もうと誘われた歩は、文化祭で漫才ロミジュリをやることに。

なんかすごくさわやかな話にきこえる……いや、さわやかなんだけどさ。『バッテリー』よりむちゃくちゃ明るい。家庭事情や精神状態はこっちの方がやばめなのに。貴ちゃん(秋本)に「おまえは俺にとって特別なんだー」と言われ続けて、いつのまにか「ふつうでなくっちゃ」と思う気持ちが溶けてる歩がステキ。冷静に考えればその特別とその普通は全然レベル違うんだけど、そこはもうボケでごまかしちゃえって感じ? 相方に支えられつつあのお母さんを支え、いつかお母さんに目を開かせるぐらいしっかりした少年になってほしいね、うん。しかし主人公が憧れる美少女でしかもいい子という設定にあるまじき行動をとるメグちゃん、この話でいちばん不毛の荒野。ヒロインなのに何が哀しくて嫉妬のあまりドアをけやぶらなくてはいけないのか(笑)。ないとは思うけど続きがあったらこの子フォローしてあげてほしいわ。(06/05)


『ねらわれた街』
      あさのあつこ/講談社青い鳥文庫/580円
転校生の翠がきた日から、蘭は超能力者になっちゃって。

この話はぎくしゃくしてるな。得意技は平凡な日常の感情描写だろうに、無理に流行にあわせちゃって……という感じ。解決のくだりも練れてないし、犯人の動機もちょっとイヤ。帯からコンセプトがバレバレなんだけど、もっと普通の子たちを主人公にした方がよかったんでない? 翠とかも悪くないんだけど、なんかデフォルメ入っちゃってるっていうか。違うだろう、この人の持ち味は。(06/06)


『探偵小説の「謎」』
      江戸川乱歩/現代教養文庫/600円
古今東西の推理小説のトリックをおもしろく分類・解説。

勉強(笑)。古典ばっかりなので読んでない本のトリックが解説してあっても支障はないかなーと思って読んだけど、ちょっぴり損した気分。いちばん読みたくなったのはドストエフスキーというなんじゃそりゃっていうオチですが。最初の現実の密室殺人について江戸川乱歩が書いていたとは、じゃあ、『46番目の密室』の火村先生の談義は無理があるよね……。あのメンツで誰も知らないってわけはないだろうと思って、ふと乱歩の浸透を実感した。(06/06)


『天使の屍』
      貫井徳郎/角川文庫/571円
息子が飛び降り自殺した理由を追う青木。連続自殺に隠された真相は。

器用な人だな。講談社ノベルスの明詞シリーズとずいぶん文章の雰囲気が違う。作者名隠されたら同じ人だとわからないだろう。子供の論理はあるところは納得できるけど、あるところは納得できない。そういう理由で自殺はあるだろう。だけど、その前提となる事件の主犯格の人物の動機の推測がなんか単純なんだわ。それは私の子供時代と照らし合わせて見てしまうからかもしれないが、オトナにとって都合のいい絶望と都合のいい希望がある。(06/07)


『探偵の夏あるいは悪魔の子守唄』
      岩崎正吾/創元推理文庫/580円
通称・八馬鹿村で子守唄にそった連続見立て殺人が起こる……。

横溝を一冊も読んでないんだが、横溝の本歌取りらしい。だとすると、横溝がなんたるかがわかるような気がした。おかげで、『美濃牛』のおもしろさがわからなかった理由もその辺だな、と納得できた。とんでもない誤解の可能性もあるので、いずれ読んでみなくてはならないが。牧歌的な雰囲気と、日常を崩さない村人たちが自然なふうなのが特徴か。探偵さえもが生活の匂いがする。私はこの感じは好きだな。(06/08)


『きん色の窓とピーター』『ロンドン橋でひろった夢』『お見舞にきたぞうさん』
      藤城清治/暮らしの手帖社/2524円・2524円・2495円
影絵で綴る、古今東西の物語。1冊15話。

美しい……。どんなふうに作るのか想像もつかないが、カラーの影絵の美しさは子供時代の記憶よりあせてない。和洋中すべて違和感なく、建物や服装なども考証がちゃんとされてて、こまかい花や表情まで作り上げてて、これが月刊誌の連載なんていう媒体で提供されていたかと思うとその贅沢さに眩暈がする。話としては、誰かの創作よりも昔話の方が素朴な力がある。これだけいろんな国からネタを見つけてきた作者の方にも刮目。にしても、こんなところで新ムーミン第1話の元ネタとなったと思われるフィンランド昔話にあたるとは思わなかった。どれか1冊を選べといわれたら『ロンドン橋〜』かな。(06/09)


『チャレンジャーの死闘<上・下>』
      デイヴィッド・ファインタック/野田昌宏訳/ハヤカワSF文庫/700円・700円
正式な艦長に就任したのも束の間、今度は宇宙のど真ん中に駆動系を壊された艦と一緒に置き去りに。

なんかこう、神様に愛されているんだかいないんだかわからない、次々に苦難の人生。少し物事がうまく回り出すと、逆に自分で自分を追い込むクセがあるようだし。この人に従っている部下の本音は「どうか不幸よ襲ってこないでくれ。こいつがキレるとマジコワい」ではなかろーか。頑固なところは宇宙一だし。次のどつぼは何かってことが読者としてのいちばんの楽しみだ。ごめんね艦長。でも実を言うと不幸体質ニックの論理って私にはすごくわかりやすいのよ……どうしよう。(06/11)


『DZ』
      小笠原慧/角川書店/1500円
その子供は一体何者か。特殊な二卵性双生児を巡る事件。サイエンスミステリ。

グエンの存在感に較べ、沙耶っていったいなんだったんでしょう。タイトルが二卵性双生児を意味するのならば、それは人間ともう一つの卵を表してもいるのだろう。だったら沙耶は、もっと人間のいいところとかをわかりやすいように具現させた方が効果的だったんではないか? 作者の都合に合わせて動かされたのに存在感が薄いんじゃちょっと。謎のばらまき方や盛り上げ方は一気に読ませるだけの力はある。私的には退職刑事さんスネルの体力と運の方がよっぽど超人的に見えて一抹のユーモア。(06/12)


『スウィート・リベンジ 1』
      真瀬もと/ディアプラス文庫/560円
しがない探偵の僕のところに、幽霊と醜聞と、そしてとまどいを持ち込むアルジー。

この人の書く話のミステリ的要素ってよく考えるとフェアではない。裏で調べてなんかわかっちゃった、というか。でも、それが主人公の役割ではないため、人間観察とか自己観察とかに注意を傾けることができる。でも部外者じゃない、どっちかっていうとなし崩し巻き込まれ型か。何が好きなのか言葉にしにくいんだけど……あえていうならちゃんと19世紀イングランドって感じがするところだろうか。(06/14)


『火怨<上・下>』
      高橋克彦/講談社/1800円・1900円
蝦夷の誇りを見せてやる。古東北、阿弖流為たちは、希望を胸に中央に屈しない険しい道を選んだ。

慟哭した。蝦夷でなかった自分をこんなに後悔したことはなかった。10倍の敵に挑むとなると、悲壮さが強調されそうなものだが、全然そんなことはない。ちゃんと勝つために準備し、無謀でない戦にまで仕立てて、思惑通りにことを運ぶため一致団結する。主立った将たちの爽やかさもあって、天皇軍を迎え撃っている間は、ハレめいた昂揚に巻き込まれていく。この間に蝦夷としての意識や、1万5千の軍の1兵卒としてこの山を空を守れるという自信が、自分のものとなる。その後に、戦いの虚しさから平和の希望へと移行する情熱。庶民の姿がまったくといっていいほど見えないので、それは阿弖流為たちの言動から推し量るしかないのだが、それまで蝦夷=阿弖流為たちと刷り込まれているので、すんなりその行き止まりの気持ちに共感できる。そこでも、彼らは積極的に平和を勝ち取るために準備と最善の努力を惜しまなかった。物語が終わったとき、蝦夷の国を守れと後を託されたのにこのざまだという激しい自責の念はどのようにしても抑えることができなかった。なぜここでオレの心臓は止まらないのかと呪詛を吐きたい気持ちだった。阿弖流為に向かって涙を流しながら激怒した母礼<もれ>の一面が、鮮烈な印象に残っている。それがあったから、最後、祝福もかすかに覚えて、耐えられたのかもしれない。(06/14、6/16)


『遭難者』
      折原一/角川文庫/857円
北アルプスで滑落死した息子の死因は本当に事故死なのだろうか?

2冊組箱入り、追悼集の形、という変わった(こういう形式パスティーシュに弱いのです)体裁にふらふらと買った。追悼集でその中にすべての推理材料が盛り込まれていれば文句無しだったのだが、無駄駒は多いわ、読者は知り得ない情報が別冊の方で次々出てくるわ、人間ドラマとして見てもそう思うところはないわで、ちょっと期待はずれ。実験自体は評価する。(06/18)


『レディ・ジョーカー<上・下>』
      高村薫/毎日新聞社/1700円・1700円
業界1位のビール会社社長が誘拐され、企業恐喝から証券疑惑へと、組織のひずみが明らかになる。

城山さんをいじめるな!と思ってしまったぐらい、社長に好感を持った。本質的に小市民なのに筋を通す城山社長には学ぶところも多く、企業対応の側面なども私にしては珍しくまったく飽きずに読めた。そうか、グリコ・森永事件はこうだったのかと思ってしまうぐらい、真に迫っている。警察組織は現在の不祥事に較べれば真面目なぐらいだがそれでもひずみは生じていて、他にも組織に潰された人たちの息の詰まるような破滅に、犯罪はたとえ成功してもいろんなところで破綻を招きそれは成功した犯人にのしかかってこないものではないのだ、と深く実感する。合田さんと半田さんの最後の対決だって、ひずみの一種だ。それが一人の男の激怒と一人の男の生まれかわりを促したのなら、他の、描かれた個人個人もいつか生まれ変われるという救いとなるだろうか。加納さんの気持ちを悟った後の「一人の人間を相手に、驚いたり、後悔したり、憎んだりしている間、無性に自分が生きていることを痛感しました」という合田さんの告解は、壊れた聖堂に光が射し込むような、神々しい一瞬。そして、最後、レディ・ジョーカーの見つけた天国に、きっと、明日も「辛い」と泣きながら生きていけるのだろうと、思う。(06/20、06/23)


『探偵の秋あるいは猥の悲劇』
      岩村正吾/創元推理文庫/680円
八田家当主が自殺した。遺された死のノートに誘われるように殺人劇が起こる。

『Yの悲劇』の本歌取り。高一の設定とふるまいが不自然なのが惜しい。本格においてはレッド・ヘリングの行動にも意味がなくてはとか思っちゃう。本歌取りを熱心にするあまりのミスかな。犯人の動機には納得できないものを感じる。言えばいいじゃん!! 3つの中ではこれがいちばん荒い感じ。(06/26)


『彼女が死んだ夜』
      西澤保彦/角川文庫/571円
ハコちゃんちに現れた死体! やむを得ず片付けさせられたタックたちは真相究明……してるのか?

コミック化するなら西炯子。もう絶対。酒を飲みゲタゲタと笑い、勢いにまかせてバカなことをして、恐怖と悲しみに迎えられる、というシチュエーション。具体的にどうというわけではないが似ている。キャラクターの微妙な心理あたりが似ているのかも。ちょっと強引な気もするけど、最後の真相はどかんとくるね。(06/26)


『麦酒の家の冒険』
      西澤保彦/講談社文庫/619円
ドライブの途中、4人組が迷い込んだ家にはベッド一つとビールが詰められた冷蔵庫だけ……。

冒険っていうか宴会っていうか。途中で出てくる推論は無理がありすぎな駄法螺が多いので、すっとまとめれば短編になるんではないだろうか。と思ったら『九マイル〜』のような構成の長編を作るのが目的だったらしい。惜しむらくは13個のジョッキにもっともな理由がなかったところだろうか。タックが一本減ってるビールについて、当然あってしかるべき推論を口にしなかったのは、彼なりのやさしさなんでしょうか。(06/27)


『殺竜事件』
      上遠野浩平/講談社NOVELS/880円
無敵の竜が殺された。その手段はいったい何だったのか、戦地調停士EDが真相究明を引き受ける。

ブギーポップ書いてればよかったのに、って感じだ。ファンタジー向きじゃない。なんていうか、いろんな要素がうわっすべりな印象を与える。思考も思想も理論も世界背景もファンタジー背景も。現実から一歩はみ出してる方が向いている。現実から一歩はみ出すのには、独善的な一人だけの理屈があればなんとかなるけど、世界を構築した後にそれを覆すような場合は、ご都合主義になってしまいかねない、その弱さが露呈している。(06/29)


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