5月の読書日記

mteraが5月に読んだ本。

『解体諸因』 西澤保彦 講談社ノベルス
もっとアクロバティックだと思っていたが全然論理的な解決だった。創元推理文庫にあ
りそうなしかけの施してある連作短編だ。本格であるだけに思い入れを持つのは難しい
が、きちんと仕事をしてもらったという読後感を得る。バラバラがバラバラでなくては
いけない理由は難しいが、最後の理由は結構おもしろい。スケジュール的に無理がある
ような気がしないでもないが。(5/1)
「ぼくが仕掛けた細工を理解して欲しかった」

『鬼流殺生祭』 貫井徳郎 講談社ノベルス
どうしても京極を思い出してしまう。出不精で解決に興味がない探偵役とか昔の舞台に
現代科学的な用語をちりばめるところとか怪しい宗教儀式とか珍しい体質とか。明治に
なぞらえた架空の年代明詞の感じは不自然ではなくかつ読みやすいのだが。作者の注は
不必要じゃないだろうか。隠れキャラを見つけて「あっ」と気がついてほくそえむ楽し
みがほしい。中道かな。(5/2)
「月を見て不吉だと囁く臆病者の言葉だ」

『猿の証言』 北川歩実 新潮文庫
チンパンジーは言語を操るかという命題について、実験の正当性としては「喋れない」
側に軍配が上がるな、と思いながら読む。すると対立者が失踪して、チンパンジーに証
言を求める人たちは、求めることをきっかけに、自ら真相に近づいていく。だからチン
パンジーは動物であるという認識を強化しながら推理劇を楽しむのだが、見事、読者を
すとんと落とす結末。やられました。(5/4)
「言語はね、いわば人間の本能なんだよ」

『被害者を探せ!』 パット・マガー 創元推理文庫
遠方で社長が誰か同僚を殺したことを知った主人公が、会社の生活を思い出していく話
が主。どこにでもありそうなもめ事しかなくてバイアスがかかっていないので、「これ
で被害者特定できるの?」と疑問に思うが、ちゃんと推理だけで被害者を決められるの
だから大したものだ。戦中アメリカの新興会社という馴染みの薄い場所でも、人物の識
別に苦を感じない人間像のおもしろさ。(5/6)
「みんなが和気あいあいとしているかと思うと、次の日にはおたがいの喉笛につかみかからんばかりなのさ」

『嘘をつく記憶』 菊野春雄 講談社選書メチエ
目撃証言がいかに曖昧か、だけなら結構いろんなところで見かけるが、その曖昧な記憶
からどうやって正しい情報を引き出すか、というのが研究の主眼であるということを、
これだけちゃんと思い出させてくれる本は少ないと思う。極度の緊張下における記憶の
メカニズムという実験しにくい分野で、方法を模索し、あれこれ論議を重ねる姿勢は、
いかにも学問らしい。内容もとっつきやすい。(5/6)
記憶が変容するということも事実であるが、変容しない記憶も多く存在することも事実である。

『毒草を食べてみた』 植松黎 文春新書
習慣性がないということで大麻を容認する発言をしたかと思えば、習慣性の強いタバコ
の快楽を擁護する発言ありで結局ドラッグ礼賛のケがあるのはいただけないが、どの毒
草をどの程度摂取するとどのように苦しむかという特徴を、それが真実であれ修辞であ
れエピソード主体でうまく描いていると思う。興味をひかれるのはクラーレだ。筋肉の
弛緩と明瞭な意識、それは一瞬の肉体からの分離。(5/8)
今なお、マラリアを治す最後の手段は、キニーネしかないのである。

『妖奇切断譜』 貫井徳郎 講談社ノベルス
目鼻は似ていないのに輪郭や所作で似ていると感じる、そんな雰囲気の京極とこのシリ
ーズの関係。途中で忘れられたが、それは通常のもの狂いに流れたからではないか。不
快になるほどの、こちらを狂わせるほどの言葉ではないが、その分、冷静にそれぞれの
人物や事件の動きを追える。一長一短だ。しかけ自体は半分ぐらい当たると思う。きっ
と動機は当たらない。それがすべての特徴を表している。(5/9)
世の中には確かに、己の命よりも肉親よりも、家名を大事に思う人々がいるのだ。

『やけたトタン屋根の猫』 テネシー・ウィリアムズ 新潮文庫
作者の顔が覗くト書きのつまらなさに較べ、各登場人物の言葉のおもしろさはどうだ。
劇作家の主義主張やこだわりがこれほど邪魔くさいとは。第二幕のブリックの取り乱し
ようと第三幕のそれすらも冷ややかに突き放している様子がとても興味深い。その意味
で初版の第三幕の方がいいと思うが、これが実際上演されたら落ち着かない感覚を覚え
るだろうな。(5/11)
「おれの人生はこれまで握りしめた拳骨みたいだったよ……
 なぐりつけたり、たたきこわしたり、突き進んだりしてな――
 もうこの握りしめた手をほどき、その指でやさしく物にふれることにしようと思う……」

『ハンニバル<上・下>』 トマス・ハリス 新潮文庫
奇妙な状況だ。おそらく、読者の誰も、ハンニバルがつかまって刑罰を受けることを望
んでいなかっただろう。ましてや、メイスンなんぞ敵じゃない、彼なんかに負けないと
信じてさえいなかったか。しかしそんな半端な絶対的知性への憧れや共感などを嘲笑う
かのような結末。騙されたんじゃない、油断した方が愚かなのだ。おまえが憧れたのは
こういうものだ、と揺さぶる、問題作の名にふさわしい。(5/14,16)
「味覚と嗅覚は、精神の中でも<憐憫>の上位に立つ場所におさまっている」

『特命リサーチ200X 地球危機警鐘編』 伊達徹 日本テレビ
これを書くために奥付を見たら、著者が伊達徹になっていた。ははは。この本の中で、
個人的に最も怖い話は「魚が消える日」。従来の魚が捕れなくなっていて、いまや食卓
にのぼる魚は、新顔ばかり。人が何かを食わないのは文化による、食べるものが少なく
なれば、文化の方が崩れていくことさえ容易なのだ、と実感してしまった。ヒートアイ
ランドは今も実感しているところだ。(5/17)
台風制御実験に対して反対する国が現れたのだ! その国とは日本である。

『冠婚葬祭』 宮田登 岩波新書
生まれて生きて死んで蘇る、という儀式の一切を記し留めておくことで、現在の冠婚葬
祭に何が足りないかがわかってくる本。私たちはこんなにも真剣に儀式に取り組んだこ
とがあっただろうか。もちろん形骸化は現在に始まったことではないが、反発すること
もないので、その意味を考えないまま、今に至っている。通過儀礼のある状況を、少し
うらやましく思う気持ち。(5/17)
質素にするならば、冠婚葬祭は人生の儀礼として実のあるものにしなくてはらない。

『密閉教室』 法月綸太郎 講談社文庫
学校とミステリは似ている。人生とか社会とかに出れば全然重要じゃないことを、とて
も大切なことのように勘違いして、真剣に頭を巡らしたり必死になったりしている。そ
してそのプロセスがなければ意味がないことも似ている。この話はあまり学校にいると
いう感覚はしなかった。クラスメイト四十人との関係が見えないから。閉塞感は十分。
知識に閉じこめられている。(5/19)
「人生というのはできの悪い弟みたいなところがある」

『あるミイラの履歴書』 神谷敏郎 中公新書
体調のせいもあるが、ミイラの呪いでもかかっているのか、とても眠たい本だった…。
冗長な部分が結構多い。特に東大医学部にあるミイラの所見や外見については。没薬と
ミイラの混乱の話は興味深いが、もう少しまとめることができるのではないだろうか。
CGなどを用いて見学者に興味を持たせわかりやすく展示する工夫が必要だ、という批
評があるのに、本人の努力と隔たりがある感じ。(5/23)
二十一世紀の人類学の主役は「分子人類学」である

←4月5月後半→↑インデックスホーム