『いざ言問はむ都鳥』 | 澤木喬 | 創元推理文庫 |
連作短編。全体のしかけはちょっと無理があるような気がする。個々の短編も、そうい う動機もあるかもしれないが、大袈裟な印象は拭えない。私だったら硬貨なんかより、 と誰もが思いそうなことに対する反論が弱い。ただ、推理を植物と絡めるというのは、 なかなか珍しいので、そういう余分な衒学趣味的なところの方が興味深かった。主人公 の魅力も周囲に較べて弱いかな。(4/3) |
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科学者にとって、好奇心は唯一絶対の神に等しい。 |
『金閣寺に密室<ひそかむろ>』 | 鯨統一郎 | 祥伝社ノンノベル |
京言葉の一休さん……新右衛門さんや、さよちゃんに似た役どころの少女もいるだけに 少々衝撃的。誰もが知っているようなとんちの逸話を最初の方に出してきて、それは人 物紹介のための導入だけかと思ったら、見事にしかけとして機能していた。『邪馬台国 を〜』と全然違う雰囲気と話の構成でこれほどきちんと読ませるとは思ってなかった。 これからの活躍にも期待する。(4/6) |
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「一休さんが、いたずらをしたのではないだろうか。日本一のいたずらを」 |
『美濃牛』 | 殊能将之 | 講談社ノベルス |
覆面作家なのでノベルスに解説が付いている異例(普通はあとがき。解説は文庫)。こ れはシリーズになるのだろうか? まあまあだったけど、シリーズ向きではない印象。 いろんな一般人を書く方がうまいのだ。特定の人物を追いかける作風ではない。『ハサ ミ男』のカタルシスを抜けなかったことは否めないし。藍下さんとか伏線だと思ったの に解決されてないことがいろいろあるし食い足りない感じ。(4/10) |
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「日本の、いや世界のどこへ行ったって、住んでるのは同じ生身の人間だ」 |
『仮面の島』 | 篠田真由美 | 講談社ノベルス |
じれったい。せっかく喋ることを思い出したんだから、ちゃんと喋ろうよ蒼、と思う。 最後の決断は凛々しかったけど。篠田さんはずっと灰色の俗性が血をかぶって聖へと転 嫁することをテーマにしているが、その対が今回はっきり出てきている。つまり血をか ぶらないことは聖性を貶めるという考えだ。受難が彼女のキーワード。ヴェネツィアの 街は馴染みがないけど歩いてみたい気になったので旅情ものかも。(4/13) |
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素顔よりも仮面の方が私は好きでした。 |
『長寿学』 | 藤本大三郎 | ちくま新書 |
寿命の決定には老化プログラム説とエラー蓄積説があるというのは知っていたが、体系 的に説明されていて、その相関関係がよく理解できた。長生きの秘訣は食べ過ぎないこ とだと言われてもなかなか納得できないが、食べるとエネルギー生産で活性酸素が生ま れ、と言われれば従う気も強くなるだろう。私は長生き志向はないのだけど、ある点で は理想的な生活だと知って複雑な気分。胃腸は老人。(4/15) |
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個人にとっても、社会にとっても、寿命の「長さ」以上に、寿命の「質」が重要である。 |
『スーツの神話』 | 中野香織 | 文春新書 |
愚かしいとしか思えない夏のスーツ。その背後に、これほど激しい伝統と身分と美意識 における闘いがあるとは思わなかった。歴史において、男の戦闘服がスーツという言葉 は伊達ではない。スーツを表現形質とした、ダンディズムとジェントルマンの対立、ス ノビズムの階級闘争の話として読んでもおもしろい。でも真夏の日本では、別の美意識 を模索する方が何かと賢いと思うよ、うん。(4/16) |
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フォーマル・ウェアの王者として全盛期を謳歌した服は、 あとから出現するカジュアルな服にその座を奪われてきたのである。 |
『青猫豹<ブルーシール>の魔法の日曜日』 | 大原まり子 | 角川文庫 |
ブルーシールとは沖縄のアイスのブランドだ。商品名や固有名詞をばんばん出す彼女の 技法はNHKより匿品性を重んじる文芸界にあって、名を隠すよりもずっと一般化され た生活を見せてくれる。私たちはダッツのアイスを食べて喜ぶのであって、高級なバニ ラアイスを食べて喜んでいるのではないと思い出す。固有と一般の微妙なバランスは、 個人の経験や思考にさえ及ぶ。この頃の大原さんはやっぱ最高に微妙。(4/17) |
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「考えること、やめた」 |
『石油ポンプの女』 | 立川談四楼 | 新潮文庫 |
うわ辛い。落語というものがそういうものなのだろうか、普段人が耳をふさいでいたり 目を背けていたりする自分の姿を露わにする。主人公はみんな落語家未満、あやふやな 笑いに紛らわせながら、自己の姿に対する皮肉がちらちらしている。そしてすべての話 にきちんとサゲがある。どんなサゲをつけるかは、噺家自身にかかっている。落語家で ない人間も、きっとサゲのある話を語ることはできる。自分次第で。(4/18) |
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「バカで才能が無かったら取るべき道はただ一つ、貧乏覚悟で落語にしがみつくことじゃねェか」 |
『桐原家の人々・1』 | 茅田砂胡 | 中央公論社C★NOVELS |
ファミリーコメディってとこか。伏線よりも解決編の方が長い印象を受ける。変な話を するようだが、家族のドタバタというのは「うらやましい」と思うために読むのではな いだろうか。複雑な事情であればあるほど、それを乗り越えられる家族という形のすご さが強調される。いまさら羨む年齢ではないが、これはそういう話だ。身近に思う話で はなく、現代の理想が凝縮されたジュブナイル。(4/19) |
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「一緒に暮らしてるうちにだんだん家族になるもんだよ」 |
『マルチプレックス・マン 上・下』 | ジェイムズ・P・ホーガン | 創元SF文庫 |
下巻についてる解説がうまい。「ちょっとまて。わだかまりはないのか」と思う気持ち を丁寧に解釈してくれる。「レオン」みたいなシーンがあったり、娯楽性を高めようと している作者の努力が窺えるが、イマイチ感情移入できない。なぜなら、ハッピーエン ドを迎える主人公に、ほとんど面識がないからだ。それまでにあったことを知ったら、 彼の人格はどうなるのか、そっちの方が興味深い。(4/22) |
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「どこから来たの?」 |
『ひとまねこざるときいろいぼうし』他計6冊 | H.A.レイ&マーガレット・レイ | 岩波の子どもの本 |
動物園入りが幸せなわけないだろう、と思う最初の話以外は、改めて読み返してみて何 が好きだったかとても納得した。ジョージは楽しくいたずらをしまくった後、不安にな ったり怖くなったりっていう目にあって泣いちゃうけど、必ず誰かが「大丈夫、安心し て」と言ってくれる。それがきいろいぼうしのおじさんだったりべっちいだったり。そ れでとても安心する。おじさんといつまでも仲良くね。(4/22) |
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「あんたといっしょに、このびょういんにいられて、よかったわ」 |
『桐原家の人々・2』 | 茅田砂胡 | 中央公論社C★NOVELS |
ちょっと説明くさい気がする。登場人物がどうしてそう思うのかをこまごま説明するの ではなく、実際にそう思わせてほしい。だがそれには特殊な家族すぎて難しいところが あるから仕方ないのか。角川ルビーが初出なのに、偏見用語が多く飛び交うのでちょい 厳しい。手段としてでもフォローが少なすぎ。どんな異端も許すというのがこのジャン ルのいいところなのに。(4/23) |
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「うちは普通じゃん?」「では、あちらもきっとそう思っているはずだ」 |
『西遊記―トリック・ワールド探訪―』 | 中野美代子 | 岩波新書 |
もしかして私はトンデモ本を読んでいるのではないだろうか、と思うほどすれすれであ る。反論も読まないとやばい危険度。中国の小説でかついくつかの相似の実感がなけれ ば微塵も信じられないぐらい、作者を分類と意味づけの亡者に解釈する研究の数々。こ の解釈では無意味な話間の相似についても説明があってしかるべきだろう。数秘があっ てもなくても西遊記がおもしろいことにかわりはないが。(4/24) |
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「ほんとは、天竺なんぞ、どうでもいいんじゃよ」 |
『花見と桜』 | 白幡洋三郎 | PHP新書 |
花見の三要素は群桜・飲食・群衆にあるという着眼はいいと思う。個々の桜に対する個 人の美学と花見を分離する考えも納得。だけど、それに対して経験則だけで裏付けされ ても、着想の域を出ないんでないかという気がする。新書をある程度まとまった研究を 素人にわかりやすく砕いたものと思うのが間違いなのか? 三要素揃うと花見らしくな るのはなぜかとかの方を重要視したいのは理系研究の発想なのか?(4/26) |
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この臣民たちは、ひたすら桜と恋をし、桜を讃美する詩を書きたいのだ。 |
『殺しへの招待』 | 天藤真 | 創元推理文庫 |
あら、さわやかじゃないわ。珍しく性悪説っぽい印象だ。ドラマティックな人間関係の 修復の仕方についても、古くさい印象は否めない。逆に破綻する関係の方が普通に見え る。つまり夫婦像はこの27年でいったんご破算になったということかもしれない。関 係が対等なとき、殺意というのは起こらない。必ず弱い方が殺意を抱く。だから、この 結末は、ご破算になった真の理由を暗示しているのかも。(4/27) |
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「どうだね、おれが女房に殺されそうな男にみえるかね」 |
『人の心はどこまでわかるか』 | 河合隼雄 | 講談社+α新書 |
この本に救いを求めるのは間違っているし、科学的成果を求めるのも間違っている。こ れはこれからセラピストになろうかという人への啓蒙書以外の何物でもない。そして、 猫も杓子も心を病んでいるとする風潮への警鐘の意味もあるかもしれない。命をはって 治療すること、患者も命をはっていること、でもそれはすべてではないこと。とても理 性的で、それでもやはり、少々寂しい。(4/28) |
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現象の中に自らも入りこみながら、しかも自分の足場を失ってしまうことがない専門家が望まれるのです。 |
『零歳の詩人』 | 楠見朋彦 | 集英社 |
たいへん印象的な言葉遣いをする人だ。どこか破壊されている、でも日常の延長がある 舞台にふさわしい言葉だ。アキが日本のことを不満げに思い出して現在の紛争のまった だ中にある自分と較べる部分は余分な感じがする。幸せを破壊されるのは紛争じゃなく てもよくある。不満さえ懐かしみたくなる、でも緊張感につかまっている、そんな世界 がそれまであったのに。(4/30) |
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「君が真実を語りたければ、偉大な言葉の使い手でなければならない」 |