『魔界都市<新宿>暗夜行』 | 菊地秀行監修 | 青春出版社 |
<新宿>ガイドブック。願わくば妖物の事典もほしかった。熱心に読んだはずなのに、 覚えていない設定が多い。まあ作者本人も覚えていないらしいからいいけど(笑)。イ ンタビューがおもしろい。いい加減さの中に潜む真剣さ。意外と女性読者を意識してい るらしいと知るが、あの時期の祥伝社で、女性読者を取ろうという精神はすごいのでは ないだろうか。にしても、魔界都市だけで53冊か、よく書いてるよな……。(3/1) |
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「あれは異論を唱えたらおしまいなんですよ(笑)そういう野暮なことはするんじゃない、(略)」 |
『宇宙生物ゾーン<異形コレクション15>』 | 井上雅彦監修 | 廣済堂文庫 |
なんかレベルが安定してきた。ずばぬけてすごい、という話を特定しにくいかわり、ど れを薦めてもあとは好み次第、って感じだ。私の好みで言えば『占い天使』はナンセン スなのに自分に似ているところが笑える。巻を重ねるほど、フル出場菊地さんのすごさ は際立ってくるな。実はこのシリーズが収束するとしたら、最終巻のテーマこそは「吸 血鬼」になるんではないかと思っているんだけど。(3/2) |
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宇宙からやってきた奴らはそろいもそろって人間を操ろうとしたのに、 おまえはどうして、俺を操ってくれないんだ? |
『エイリアン蒼血魔城』 | 菊地秀行 | 朝日ソノラマ文庫 |
6年ぶりのエイリアン。私的にはもう少し短いけどお久しぶりに変わりない。危惧もあ ったが、見事エイリアンらしい。冷淡に徹しきれない大ちゃんが可愛いし、感傷が他の 作品より青臭くぼやかされないあたりのジュブナイルらしさも健在。声が重要な小道具 なので、ラジオドラマとかにできそう。野中教師に貘さん思い出したの、私だけ? ゆ きちゃんにまいっちんぐ。(3/3) |
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「ねえ、大ちゃんってばあー」「何だよ?」「灼いてる?」 |
『クラインの壺』 | 岡嶋二人 | 新潮文庫 |
ホントは最新のVR機器なんて架空のものを持ち出さなくても、日常茶飯事で、きっと 起こっているクラインの壺的感覚。このうえもなくありがちで途中からすぐネタはバレ るんだけど、筆力に勢いがあるから、いつのまにか主人公に同化して世界をもぎとられ る感覚を味わうことになる。現実との折り合いをつけることができなくなることに、羨 みさえ覚える。(3/4) |
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自分の瞳の色を知るには、鏡を覗くしかない。 |
『殺人方程式』 | 綾辻行人 | 光文社文庫 |
順番を間違ったな。私この動機による遺体切断の話を何作か読んだよ。そして改めて考 えると綾辻さんの話は救いようがない。犯人以外にも隠された犯人がよく存在するよう だ。暗い衝動をみんなが抱えているし、ふつふつと長年動機が煮込まれている印象を受 ける。主人公格の二人でさえ、いつか何かやらかすんじゃないかという不安を与える。 新本格じゃなくて実はホラーなんじゃないか。(3/5) |
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(あんなでたらめなもののために……) |
『嗤う伊右衛門』 | 京極夏彦 | 中央公論社 |
狂恋。この話を好きだという人が多いのを知っていて、あえて言おう。最低じゃないか 伊右衛門。特に梅を追いつめたのは彼だ。彼は岩への執着だけが大事で梅どころか岩自 身でさえどうでもよかったのではないだろうか。いや、執着を強い物にするためあえて 周囲と自分を追いつめたとしか思えない。そのくせ京極には珍しく彼には自覚がない。 彼はきっと自ら喜んで狂っていった。私はそう思う。(3/6) |
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「今のお前様が醜いのだとしたら、その理由はただ一つ。綺麗に飾らねえからだ」 |
『エキセントリック・ゲーム』 | 真瀬もと | ウィングス文庫 |
これはいい、と思ったよ。パロディというのは本家の影がちらつくとき媚びにも似たも のが見える。が、この作品は、モリアーティの性質にも似てあくまでも冷静だ。ミステ リでさえないが、パロディである必然と、オリジナリティを持つ人物が、よい按配で配 置されている。これはきっと彼女独自の設定ではないが、モリアーティと名乗るこの男 の二重存在性がカッコいい。(3/7) |
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「悪魔に魅入られたんじゃあるまいな」 |
『ファントム・ルート』 | 真瀬もと | ウィングス文庫 |
モリアーティのあやういバランスを保っている理性が魅力だろうか? 彼はあくまでも 手段としての悪を標榜し知性を満足させるのが目的で感情面では原作の影はまったく見 えない。だが、この理性だけは彼よりも彼らしいというぐらい、論理的で物事を処理す るのに長けている。しかし主役はあくまでも豊かな内面の少女と青年で、マイクロフト も歌姫も出てきても彼は助演。(3/8) |
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(舞台を降りても演技をやめない、常に) |
『アサシン』 | 真瀬もと | ウィングス文庫 |
突然ウィングスらしくなったな。役どころとしては情報を与えるための存在に近いエリ ン子爵がお気に入り。冷徹な仮面の下に許しと情熱を隠し続けているように見える。主 人公はやっと出てきたワトスン。女に甘くて情に流されやすくて頭を使わない、という パーソナリティがちゃんと性格として物語に貢献しているのが後発の強みか。彼と彼は いつか親友になるのでしょうか?(3/9) |
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「憎しみを糧に、じゃなくて、盾にしていたんだ」 |
『謎の古代都市 アレクサンドリア』 | 野町啓 | 講談社現代新書 |
とっつきやすいタイトルのわりに、わかりにくい内容だ。アレクサンドリアといえば、 大図書館を思い出すが、その存在は謎だ。謎を謎と言う間に哲学的思想や時代を跨いだ 学者文人たちの足跡が縦横無尽に語られ、その足跡の中には謎を謎としていないものも あるので、いささか混乱する。国際学術都市であった巨大な精神が、失われていること こそが大いなる悲劇か。(3/10) |
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アレクサンドリアの学問は、ギリシア人と非ギリシア人の垣根を撤廃した(後略) |
『スリーピング・ビューティ』 | 真瀬もと | ウィングス文庫 |
誰だこいつは! S・ホームズを名乗る男が出てきた。すっかり騙されていたというこ とか。しかし、外見的特徴は、明らかに彼の方を指し示している。思い出すのは最後の 事件から後の彼は別人のよう、という数多くの研究。そういえば……とこれからの展開 を想像するのもまた楽しい。精神に傷のある人間がたくさん出てきているが、Sの病気 っぷりだけが、謎だ。スタンの病気は好みだ。(3/11) |
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「或いは――、それ(天使/悪魔)は神などいないと知った精神の名だ」 |
『パワー・オフ』 | 井上夢人 | 集英社文庫 |
人工生命が好きだ。人工生命の定義に少しおかしなところがあると思うが、噛み砕いて わかりやすく扱っている方だと思う。だが、大抵の研究はこの本みたくうまくいってた りはしない。最後に出てくる進化はダーウィニズムだと思うが、それはそれまでに出て きている進化の概念からだいぶ外れているのが難点だ。気づかないかもしれないが。生 命のふるまいに意志を求めたがるのは人間の病なのか。(3/12) |
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「生きることに関して、生き延びることに関して、貪欲なんです」 |
『おとうと』 | 幸田文 | 新潮文庫 |
私は普段本を読んでも自分の周囲にあてはめて考えたりはしないが、これは思った。友 達の姉弟関係にそっくりだ。いろんなことに反発しても、姉だけは特別だった。文章に なってあらためて思う、それは家族という中でも姉と弟という関係でしか語られない愛 情と屈折の形だろう。時代設定はもちろん昔だが、驚くほど現代に通用する家族像。こ ういう物語こそはっきり終焉を迎えなくてもよいのにね。(3/13) |
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「平凡だよね、平和だよね。(略)でもね、そういう景色うっすらと哀しくない?」 |
『風の名はアムネジア』 | 菊地秀行 | ソノラマ文庫 |
ロードノベル。人が人たりえない状況で人らしい情感の片鱗を見せるのは菊地さんの得 意だが、希望を持たせたラスト、十代ならば元に戻してもらっただろう、と思っただろ うが、今ならばこのまま新しい形になればいいと思う。記憶を失っても、きっと、また いいものを取り返せる。人間の情感を記憶し続ける力ではなく、それを何度でも得るこ ことができる力があるのだと学んだのだ。(3/14) |
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「ほんとうはみな、どうしようもなくべつの世界を見たがっていたんじゃないかな」 |
『殺される理由』 | 雨宮町子 | 徳間書店 |
もう少しユーモアの側面が強くてもいいんじゃないかと思う。ご都合が多いのと、設定 に必然性がないところと、手の内を解決まで明かさないのとで、本格にはなり得ないか らだ。だが話的には悪くはないので、殺人の解決に重点を置くより、主人公たちの人間 味の方を強調する軽めの事件を扱う方がカラーに合っているのではないだろうか。主人 公のような技能も職人芸でおもしろいし。(3/16) |
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「母は、鶴丸さんではなく自分の人生を恨んだのです」 |
『少年と少女のポルカ』 | 藤野千夜 | 講談社文庫 |
芥川賞作品ではないが、その評と同じように淡々としている。淡々としているのに、そ の場面はそんなに淡々としている場面ではないという違和感を感じ、それを少年少女の たくましさと勘違いするのだろうか。大方の人間はもっと勇気を振り絞って同じ行動を するだろう。自分と向き合い、自分を主張し、自分が異質である、という彼らは、等身 大ではなく、現代の淡泊な勇者である。(3/17) |
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「(スカートを)べつに穿かなくてもいいけど、穿くとか穿かないとかで悩むのはいやじゃない」 |
『七つの棺』 | 折原一 | 創元推理文庫 |
密室もの連作七品。私は密室が好きではない、といいながら、わかっていろいろ密室物 を買っている。でも元となっている密室ミステリが全然わからないのは致命的だった。 間抜けで事件を解決できない警部さん、というのは東野や亜の設定と似ているところが ある。ユーモアの対象年齢がもう少し老け側の感じがするのだ。一生懸命莫迦を演じて いるというか。かなり奇想な真相が炸裂。(3/18) |
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「推理小説を読むのもかまわんけど、そんなことで現実の事件の基本的な操作が おろそかになったらだめだ」 |
『老いはこうしてつくられる』 | 正高信男 | 中公新書 |
老いを作る過程よりも、自分の身体の認知が周囲との関わりによってどのように形成さ れているか、という話の方がおもしろかった。身体機能の衰えが老人を作るのではなく 身体機能と身体感覚との差違が老いを自覚する始まりなのだと、平易な言葉で納得のい く例をあげ、なおかつ相対する人たちに老いは精神の衰えではないと強調する。自覚と 他覚の距離を近づけることが求められている。(3/19) |
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意志のなかに、からだの行いうることの可能性があらかじめ、織りこみ済みなわけです。 |
『暁天の星』 | 椹野道流 | 講談社ノベルス |
法医学教室の作業内容の描写がおもしろい。そんなに遺体の周辺の事情を気にしていて いいのかとは思うけど、日常的に推論で食っていく生活というのはある意味特殊だ。だ から、特殊なことをした結末がこれでも意外とすんなり納得した。それは推論の上で導 き出されたという普遍を持つ特殊だから。文章的にはやはりYA畑という感じ。会話よ り地の文の書き方でそう感じる。(3/20) |
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「みんなが自分の発言に期待してる、そんな状態で『わからない』って言えるのって、 凄いことだと私は思うけどな」 |
『無明の闇』 | 椹野道流 | 講談社ノベルス |
さらにオカルト色強くなった。が、オカルトネタの嫌いな私も抵抗ない。抵抗があるの は「いいのかそんなに法意識がなくて」という点だ。読者に自然に説明を進める手法と しての無知だろうが、ちょっと不安になる。仕事場としてのこの法医学教室は魅力的。 物語としては、理解のある人たちばかりなので、仕事上対立するライバルみたいな人が ほしいところか。(3/21) |
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「結局人間は、自分の良心に裁かれるん違うやろか」 |
『黄金を抱いて翔べ』 | 高村薫 | 新潮文庫 |
ピカレスク小説というのは悪党が悪党たることで痛快を感じるもののような気がするか ら、この話はちょっと違う。裏表紙の梗概では分からない、黄金強奪までに自らの魂の 欠落を知り、それを埋め、さらにまた魂を失うまでの、悲劇。黄金を抱いていた時は、 強奪前のいっときの平穏の時ではないだろうか。すべてが終わった後、幸田は黄金を見 つけることができたのだろうか。(3/22) |
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「でも、すぐに暖かくなる。すぐに暖かくなるからな……」 |
『白銀公爵 上・下』 | A・K・トルストイ | 岩波文庫 |
イワン雷帝の暴虐に屈しない若き公爵の冒険小説。が、文章に書かれている事実のみを 読むならば、身分にこだわらず人材を登用し、中央集権を進めた、明哲なる君主ではな いのか。暴君なのかもしれないが、その一面でははかれないのでは。若い公爵より、皇 帝の周辺の方がよほど面白かった。ヒロインの影が薄すぎるのが残念だが、他の点では いろいろと胸躍るシーンが多く、楽しめる。(3/23,25) |
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「祖国を滅ぼしにかゝつてゐるのは、韃靼ではなくて、皇帝ではありませんか」 |
『育毛通』 | 唐沢俊一 | ハヤカワ文庫NF |
髪の毛だけをネタに1冊本が書けるものだということに感心する。私は髪の毛が多いの で邪魔、ぐらいにしか思わないが、父親はハゲ家系なので、男に生まれていれば心中穏 やかではなかったかもしれない。隠さないコネリーなどのかっこよさは惚れ惚れするの で、気にする人たちの闘いっぷりを見るにつけ、滑稽を感じる。髪の毛の謎は多いこと が新たな興味をそそる。(3/24) |
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ハゲと呼ばれて気になるハゲは、いまだ未熟なハゲなのである。 |
『名探偵は密航中』 | 若竹七海 | カッパノベルス |
連作短編。のんびりしたとぼけたところが合っている。長編をほとんど読んだことがな いから、全部こういう雰囲気ではないのかもしれないが。主人公が替わり、けっして陰 惨な心理考察とかはしないのだ。普通に人間関係がある感じ。昭和初期の雰囲気は知ら ないのでこんなにのほほんだったかは知らないがお嬢様の元気がいい雰囲気だ。メイド さんの話が好きだな。(3/26) |
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「この船に乗っている間、わたくしは夢の中にいた気がするんです」 |
『陽気な容疑者たち』 | 天藤真 | 創元推理文庫 |
『大誘拐』にちょっと構造が似ている。救いというものを考えている作家だなと思う。 せちがらい世の中とミステリにちょっとしたゆとりと笑いを与えることを考えている。 事件を起こすという爆発する力じゃなくて、日常を送るためのじんわりとした力みたい な方を重要視しているから、こういう話になるんじゃないのだろうか。主人公のいい人 っぷりが半端じゃなくていさぎよい。(3/27) |
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ゼロになり切ったとき、人間は本当に強いのだともいった。 |
『幻妖草子西遊記〜天変篇』 | 七尾あきら | 角川スニーカー文庫 |
予想通りのエンディングだ。サルの色気のなさが残念だが、三蔵の読んだ彼の過去の思 いはなかなか素敵な解釈だと思う。三蔵の精神の脆弱さが気になる。ゲームキャラもも っと寺で育ったっぽかったんだけど。でも全般としてゲームのノベライズとしてはよい できではないだろうか。原典と較べてしまうのは間違い。女の子三蔵のエンディングも 見ようかな、と思わせたんだから成功だ。(3/28) |
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(心の空洞が)これだけ広ければ、まだいくらでも好きなものを入れられる。 いくら欲張っても大丈夫だ! |
『内なる宇宙 上・下』 | J・P・ホーガン | 創元SF文庫 |
『造物主の選択』に似ているような。ハント博士が久々に核物理学者らしいことを言っ ているが、今回のしかけと解決がシリーズ中いちばん平凡だったんじゃないかな。今ま では学者になりたいなあ、と思わせるような話だったが、本作はそうは思わない。彼が 学者であることは展開にあまり関係ない。イギリス人なのにアメリカ人のようにふるま うなと思った。科学的真理は暴走する正義の危うさ。(3/30,31) |
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「物事の本質は、多数決では変えられないんですから」 |