1月の読書日記

mteraが1月に読んだ本。

『西遊記7』 中野美代子訳 岩波文庫
牛魔王との戦いではじめて巨大化。でも悟空はどちらかというと知恵と策で勝負しよう
とする方が多い。今回の朱紫国王に薬を煎じるのなんか道士顔負けの薬師ぶりだ。7巻
になってなお三蔵が難に遭う理由に「妖怪に食われる」以外のバラエティをもたせよう
としているのはやはりエンタメの鑑だ。それにしても悟浄が活躍しない。八戒は笑いと
り役にしても目立っているのに。(1/1)
「金も光も、じっと留まっているものではありません」

『世紀末サーカス<異形コレクション14>』 井上雅彦監修 廣済堂文庫
今回のテーマはなじみがない。サーカスを見たことは一回しかないし。そのせいか、お
題を換骨奪胎したものの方が印象深い。ストーカー心理の『たまのり』とか、知識を追
い求める『Ωの晩餐』とか。田中啓文の文章と題材は相変わらずグロくて執拗だが、そ
の分忘れがたい。久美沙織の話で思春期の少女は胴体切断よりもそういう恥の方が気に
なるんだよね、と妙な共感を得た。(1/1)
「確かにおれたちは向こう側の世界にいるにはいるが、その間を隔てる壁は
ときにサーカスの天幕並みに、風一つで取り払われてしまうことを」

『西遊記8』 中野美代子訳 岩波文庫
三蔵の貞操がピンチ(坊主だから結婚は堕落)というエピソードが多くなった。やはり
悟空は可愛らしい。お師匠さまが食われちまったと思って、如来に「金箍をはずしてく
れ、花果山に帰ってのんびり遊んで暮らすから」と言っているそばから泣きじゃくる。
仏教的見地からすると道をおさめることができない涙とも解釈可能だけど、そんなふう
には思わない庶民の心をとらえてきた人情の物語だ。(1/3)
「これは、なにもかにも、み仏たる如来のせいだぞ」

『西遊記9』 中野美代子訳 岩波文庫
悟空八戒悟浄の三人が天空の高みで模範演技を見せているときにたなびいた瑞雲に、は
るかなる旅路を思い出して目頭が熱くなったよ。苦労した結果、三蔵だけじゃなく皆が
尊き存在になったのだね。そういえば最初の方に較べて悟空はおいはぎもしないし、八
戒も女に色気見せなくなったし、悟浄は腰がひけてなくなった。その瑞雲を見て王国の
国民が次々叩頭していく場面は一大スペクタクルだ。(1/5)
金<悟空>木<八戒>の武勇は法界に盈れ/刀圭<悟浄>がいてこそ三者円満

『西遊記10』 中野美代子訳 岩波文庫
完結。このうえなきハッピーエンドだ。三蔵は教典を得、皆で一緒に仏の一員に。行き
に14年かかったのに金剛に連れられた帰りは往復8日だったのさえ、仏身となった今
では空しくないのだろう。解説がついているが、こんなに構成がカルトくさいとは。エ
ンディング、三蔵と悟空のしめの会話から仏の名前列挙という技でロングにひくという
画的にも素晴らしく、感動。でももう続きがない寂しさ。(1/7)
「お師匠さま、ほら、ごらんなさい。目のまえは美しい花が咲きほこり、めでたい鳥獣が遊ぶ楽土ですぜ」

『若者と現代宗教』 井上順孝 ちくま新書
宗教意識のアンケートで「どこでそれを得たか」を尋ねないのは隔靴掻痒の感。オウム
やVRとの類似を云々しなくとも、私の世代の文化なら最も身近な宗教的な話は漫画と
ゲームだと自覚するところ。それは装飾であり、すべてをドラマチックにするスパイス
である。だから、「宗教ユーザー」という造語の方が実感がある。「ハイパー宗教」と
いう造語には違和感。宗教の中身が変わることは求められているか?(1/9)
(宗教の)相対化ということの背後には、当然自由競争ということが考えられるわけである。

『二人がここにいる不思議』 レイ・ブラッドベリ 新潮文庫
実はブラッドベリは初めて。ポエムのような文章を書く人だな。だから相性が問題とな
る。私はあまりこの感性が流れていくようなスピードは合わないかも。もっとゆっくり
した文の方が話に合うと思うんだけど。邦題のタイトル作品より、向こうの短編集のタ
イトル作品の方が好きな話だ。いつからかSFが真っ暗な未来を予想するようになって
何かつまらないと思った気持ちがうまく表現されている。(1/10)
「嘘と見えるものは、じつは粗末な造りの欲求であって、この世にどっかりと立ちたいと願っているんだ」

『田舎の事件』 倉坂鬼一郎 幻冬舎
帯で煽っているほどは笑えない。笑っても悔し紛れのやけ笑い、という感じ。なぜなら
デフォルメされた村意識がこれでもかと強調されているので、ムラに属する人は来し方
を見て憮然、ムラに辛酸を舐めさせられた人間は愛らしさみたいなものを感じて胸中複
雑になるという仕掛け。時折投げたような文が出てくるのが私にはいちばんおかしいの
だが、それ以上に日常から一歩の狂う前の笑いの怖さが印象に残るね。(1/10)
「鐘は俺が鳴らす」

『人生の棋譜この一局』 河口俊彦 新潮文庫
観戦記で棋界における世代交代の様子を解説した本。というと面白みに欠けそうにきこ
えるが、すこぶる面白い。将棋盤に相手の人格や考えまでが透けて見えるようになると
勝負にドラマが生まれるのだな。テレビのあの静かな秒読みを眺めているだけでは想像
もつかないことだ。迫力がなくなった、とぼやきが繰り返されるが、それも理由が納得
できる。勝つためにすべてを賭ける言動はカリスマだ。(1/13)
日常の一挙手一投足にいたるまで、勝つことに結びついていた。

『ブギーポップ・カウントダウン エンブリオ浸蝕』 上遠野浩平 電撃文庫
続いた。最後に彼女と彼を会わせてしまえば完結させることも可能だったが、そうしな
い意図がまったく見えないところが、このシリーズの特徴だ。誰の内面に変革が訪れる
のか、誰が死を迎えるのか、偶然のようであり必然のようであり。私が知る中で、彼が
最も現代的であると感じる理由はその辺にあるのだろう。皆が感じているものを卵の殻
として料理したのが技だわ。(1/14)
『殻の中でただ悶えるのみが、今許されし生の証し――』

『妖雲群行<アルスラーン戦記10>』 田中芳樹 角川文庫
7年ぶりだよ。さすがに忘れていることが多い。特にヒルメス側。しかし間に薬師寺涼
子とか中国ものとか書いて7年なのに、雰囲気が以前どおりなのは尊敬に値する。しか
し、あと4冊で終わってしまうのだけれど、それだとザッハーク斃して終わってしまう
ような気がする。根性の悪さと頭の良さで芳樹キャラ中1,2を争う軍師どのが韓信に
なることを望んでいるのは私だけか?(1/16)
(ナルサスがアルスラーンを誉めたあと)
「ダリューン、そっくりかえるな。おぬしをほめたわけではないぞ」

『不思議を売る男』 ジェラルディン・マコーリアン/金原瑞人訳 偕成社
夢水そっくり。MMCはほらをふくのが職業だけど。そう思っていたが、娘が彼にか惹
れ始めてから様相が変わり、最後には大悲劇。MMCが古物を売るために創る物語も容
赦ない悲劇が多かったが、彼の正体が大方の予想を裏切り……。そこからの続きは、後
ろ向きな積極性とでも呼ぶか物語を愛した人間の運命というか。訳文が児童文学っぽい
表現でない方がいいんじゃないのか。(1/16)
「みんながほんとうに求めているのは、お話なんだと思いませんか」

『山月記・李陵』 中島敦 岩波文庫
『悟浄出世』『悟浄歎異』めあて。予想以上にくらり、さらに錐揉み回転させるぐらい
三蔵サイドの魅力を余すところなく伝える。実は『弟子』『李陵』にでてくる(悟浄も
だけれど)不器用なまで自己の精神へ純粋を課す人物たちが好きだ。忠義に生きるとい
うよりは、忠義を向けたものが変わらないことを信じるというか。それは愚かしいかも
しれないが、出会えば一生を賭けるに値するものだ。(1/18)
才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

『13のラブソング』 菊地秀行 角川文庫
菊地さんの描く情感というのは、たとえそれがバイオレンス作品の中だろうとリリカル
である。そのリリカルで全部というのがこの作品集だ。登場人物同士の了解で進む話が
多いのだけれど、それさえも越えてすっとしみ通る作品たちはさすが。どれも好きだけ
ど、特に『リサイタルの客』が好きだ。電車と歌と見つめる恋と穏やかな今と。幸せに
歌える今があればそれは幸せというのだろう。(1/19)
「人が良い方へ変わるのに、知らずに身につけておくものってあるでしょう」

『旧約聖書を知っていますか』 阿刀田高 新潮文庫
旧約聖書を噛み砕いた本。たいへんよく砕いてあり、内容の是非はともかく、覚わる。
エッセイという体裁になったが、読んでいると旧約聖書が解釈次第では胸躍る歴史ドラ
マになったり、哲学的思想遍歴ものになったりするようなので、もったいない感が否め
ない。私はダビデ王の政治的辣腕などを読んでみたい。実は驚いたことには、意外と聖
書のエピソードを知っていた。(1/21)
旧約聖書とかけて、するめと解く。そのこころは、噛めば噛むほど味が出る。

『SAKURA 六方面喪失課』 山田正紀 徳間ノベルス
役立たずばかりが揃った警察失踪課のメンツ。実際、情けない面も多いが、いざという
ときにはぴりりと働く頭と行動力を持たせて、共感とかっこよさを両立させたキャラ。
話もスタイリッシュでうまい。最後のしめの事件はちょっと強引なところもあったけど
雑誌発表の連作短編の方はミステリとしての体裁も人情味もあり気が利いている。彼ら
の活躍をもっと見たいな。(1/24)
考えてみれば、今日はそんなに悪い日でもなかったかもしれない。

『悪魔と詐欺師』 高里椎奈 講談社ノベルス
テンポが合わないらしい。が、それは私と作者のテンポではなく、作者とミステリのテ
ンポではないのか。あとリベザルという変に現実離れした子供のテンポと作者が。だっ
て、ミステリとしてのしかけより、だいぶYAが入った方のしかけの方がしっくりくる
し、はっきり書かない方の情感の方がうまく響くのではリベザルには荷が重い。横道に
逸れてWHで活躍してほしいけどなあ。(1/25)
「人生に、命に匹敵する出会いはあるんだ、誰にでも。
 相手は人だけではない、仕事や、趣味だったりするかもしれないが」

『修羅<グイン・サーガ69>』 栗本薫 ハヤカワ文庫JA
これは栗本さんの勝ちだ。「またルブリウスな発言だよ〜栗本さん好きだなあ」と読者
の先入観も計算に入れているとしたらすごい。グラチーにしては発言が冗長、ヤンダル
ゾックってこんなんかなあ、やだなあ、なんて考えていた私、すっかり失念していた彼
が現れたときにはいっそ痛快を感じたね。カメロンの誘導尋問っぷりや最後のアムVS
イシュトとか、この巻はいろいろおもしろかった。(1/26)
「陽気にやるだけのこたあやってくたばってやろうぜ」

『古えホテル』 菊地秀行 角川文庫
ホテルを題材に遅咲きの恋みたいな話を集めた短編集。普段より少し強めに語り口が切
れている感じがする。説明する文、解説する文をかなり省いて、不思議な出来事が起き
てもそれを淡々と観察している。それがホテルという場だという考えだろうか。加えて
過去が戻ってくる話が多い。私は『片恋い』が好きか。ホテルから出た後に流れ出す時
間、幸せという名の日常を思い出す。(1/28)
私たちは、これからの半年間を幸せに暮らし、私はその間じゅうずっと、
ホテルの冷たくよそよそしいたたずまいを羨望し続ける。

『巴里・妖都変<薬師寺涼子の怪奇事件簿>』 田中芳樹 光文社カッパノベルス
版型どころか出版社まで自由に泳ぎ回るお涼さん。羊のマークの悪役さんといい、いろ
いろ創竜伝の後継者を予感させるが、刮目すべきはそのアクションや涼子の名言(暴言
か?)よりも、田中作品の中では果敢な方な彼女のアプローチだ。今回は腕を組んだり
して、妙に積極的。というかあそこまで告られといて気づかないとは。天然かフリか、
どっちだ泉田クン。(1/29)
「錬金術なんかなくたって、あなたは世界征服ぐらいできますよ」

『幻妖草子西遊記〜地怪篇〜』 七尾あきら 角川スニーカー文庫
ゲームのノベライズ。設定をうまくアレンジして、細かい点で説得力を増している。文
もゲームに寄りかかって怠ることはなく、きちんと外見描写を処理したりして好感がも
てます。決め台詞のところでも溜めないで流れていってしまうのはもったいない気がす
けど。しかしここでも三蔵は女か! 将来のハッピーエンドを予感させるところはいい
けど、やっぱ男の方がいいなあ。(1/29)
「時には痛い思いもしますけど、友だちのそばにいると楽なんです」

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